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私の幼馴染は、とても料理上手だ。
下手なレストランで食べるよりも、料理はおいしい。ただ作るだけじゃなくて自分なりのレシピを考えて、食べる人の味覚に合わせて調味料の量だって微妙に変えているという話を聞いた時には度胆を抜かれたものだ。
男性だというのにその料理スキルはどういうことなのだろう。家で家事をやるのが自分の仕事だったから自然と身に着いたって普通に言ってたけど、絶対にそれだけじゃない。バイトなんかをやるより、あの料理で店開いたほうが絶対に稼げる。


「って思うんだけど、やっぱり定食屋さん開かない?」
「あのな、俺の料理なんてたかがしれてるって何回も言ってるだろ」
「えー!? 毎日おいしいおいしいって周りから言われてるくせに何言ってんの!! ねぇセイバーさん! セイバーさんもお店開いた方が良いって思うよね?」
「ええ。シロウの作るご飯がとてもおいしいということは事実です」


今日も当然のごとく台所に立っている幼馴染、衛宮士郎に私は直談判する。けれど昔から同じことを言っているせいか、呆れたような顔をされてしまった。士郎はいつもそうだ。お店を開いたら絶対評判になること間違いなしなのにまったく食いつかない。相変わらず自分のことに対して異様に無欲なんだから。
私の方を見もしないで夕飯の支度をしている士郎に痺れをきらし、居間で煎餅を頬張っているセイバーさんに同意を求める。セイバーさんは誰よりも士郎の料理が大好きだ。元からすごい量を食べる人らしいけど、士郎の料理は特に幸せそうに食べる。


「セイバー、俺が店なんか開いたらそっちにつきっきりでセイバーの飯作ってやれないぞ」
「やはりお店などいりません。今のままで充分です」
「セイバーさんっ!?」


真顔で即答されたら、私もそれ以上踏み込めない。
何年も士郎にお店を出そうと提案していたのは、ただお金が稼げそうって思っていただけじゃない。純粋に士郎の料理がすごくおいしいのを他の人にも知ってもらいたかったし…せっかくの特技を生かさなきゃもったい。
切嗣さんが生きていたときには、そんなお店があったらいいね…なんて話してた時期もあった。…もしかしたら、一人でそれを引きずってるだけなのかな、私。


「まぁ確かに、衛宮くんが定食屋とか開いたら稼げそうではあるわね」
「凛ちゃんもそう思うでしょ?」
「でも衛宮くんには無理よ。ただでさえこの家で提供してるんですもの。自分の料理にお金を払ってもらうことに耐えられないんじゃない?」
「はは、よく分かったな遠坂。確かに俺の料理で金を取るのはちょっとな…」


このやり取りも昔から繰り返し。
…なんだか、私自身もなんでこんなに士郎のお店を開くことにこだわってるのか、分からなくなってきちゃったな。
黙って眉間に皺を寄せている私を見て「そういじけるなよ」と士郎は苦笑いを零す。…いじけてるんじゃないわよ。ちょっと虚しかっただけ。士郎があんまりにも無欲で謙遜しすぎるから、ちょっとだけ……。


「あ、ちょ…ナマエ、どこ行くんだよ。もう飯出来るぞ」
「帰る。私の分はセイバーさんにあげて」
「待てってナマエ。どうしたんだよ、何か気に障ったか…?」
「…そんなことない。士郎はいつも通り。…昔から、ずっと」
「あ…ナマエ!」


私を呼び止める士郎を振り切って、私は衛宮邸を出て行った。日が沈みかけている中、ここからそう遠くない自宅のアパートへと早歩きで帰る。
一人暮らしの為に借りたアパートは家賃が安い代わりに、狭くてとても快適な暮らしができるとは思えない場所だ。衛宮邸にある一部屋ぶんの大きさもないし、台所にも道具らしい道具はそろってない。
私は料理をしない。…今までずっと、士郎が作ってくれていたから。なんの対価も求めず、ただ私に構って、傍にいてくれた。ずっと昔から。


「昔は…お店開いてくれるって言ってたのにな…」


敷きっぱなしの布団に倒れ込み、背中を丸める。
切嗣さんが生きていた頃から、ずっと一緒に過ごしてきた。士郎だって最初から料理がうまかったわけじゃない。とびきり不味い料理を作っていた時代もあった。それを私は知ってる。
お店云々の話をしたのはその頃だった。士郎の料理を直球でまずいと言ってしまっていた私が、初めて彼の料理をおいしいと言った時。士郎は子供らしくこの料理でお店を開いたら素敵だねって言った私の言葉を本気にしてくれていた。……あの頃は。
――独りよがりなわけだ。この話は日常の一コマであり、士郎はあのことを全く覚えていないのだから。
そう考えたらまた頭が痛くなってきて、ちょっと早いけど今日はこのまま寝てしまおうと瞼を閉じる。明日になったきっと、落ち着いてる。いつものように士郎の顔を見れるようになる。――家のチャイムが鳴ったのはそう思っていた矢先のことだった。


「(…居留守だ居留守。こんな時間に訪ねてくるだなんて碌な奴じゃないわ。電気もつけてないし、絶対バレない)」
「いるんだろう、ナマエ」
「えっ…」


そのまま居留守を貫こうと思っていた私の耳に、想定外の声が届いた。
隣人はなく、住んでる人間も少ないこのアパートはとても静かで、声がよく響く。残念なことに、聞き間違いをすることはまずなさそうだ。
私は飛び起きて、急いで…けど様子を伺うように小さく玄関のドアを開いた。ドアの隙間から見えた見覚えのある男性に、ごくりと唾を飲む。こんなに体格のいい人なんてそういない。見間違うことも、まずないはずだ。


「アーチャーさん…どうして…」
「飛び出していった君の様子を見てこいと凛に言われてな。…衛宮士郎と喧嘩をしたと聞いたぞ」
「あ…いや、その…喧嘩とかじゃなくて…。すみません、お手間をとらせて」
「構わんさ。君がこうして世話を焼かせるのも珍しい事だからな」
「うう…」


まさか凛ちゃんのところのアーチャーさんが一人で来てくれるだなんて思ってもいなかった。いつもは姿を現さず、気が付けば凛ちゃんの隣にいたり、士郎と口喧嘩したりしている謎の多い人だ。
彼とは多く接触したことがない。したとしても、挨拶程度だ。士郎とも仲が悪いみたいだし、私とも必要以上に接触してこない。…避けられてるんだってさすがの私も察したから、凛ちゃんといるときもなるべくアーチャーさんの話題は避けてきた。
だから、アーチャーさんがここにいることは、本当に意外で…。


「あの、本当にごめんなさい。大したことじゃないんです。今日は私がちょっと疲れてただけで…明日にはちゃんと顔を出します。凛ちゃんと士郎…それにセイバーさんにも謝ります」
「凛やセイバーはともかく…あの男に謝る必要はないだろう」
「えっ?」
「違うのか?」


腕を組んでいるアーチャーさんは、何もかも見透かしたような目で私を見下ろした。
アーチャーさんはさっき、私が士郎に店を開けと我儘を言っていたことを知っているのだろうか。もしくは、一度は目にしたことがあるのかもしれない。
でも、今まで士郎に必要以上に迫ったのは事実だし、いくらアーチャーさんが士郎のことを嫌いでも、そこまで私を贔屓する理由はないはずだ。…アーチャーさんが昔のことを知ってるわけ、ないんだし…。


「…まあ、それは君の判断に任せるとして。食事はどうするつもりなんだ? 料理はからきしなんだろう?」
「う…それも凛から聞いたんですか? …今日はこのまま寝ようと思ってます。食欲もないですし」
「明日も学校だろう。少しでも何か腹に詰めておくべきだ。……失礼」
「え、あ、あの! ちょっと!?」


私の声にも足を止めず、アーチャーさんは私の部屋まで上がり込んでしまった。
まさかアーチャーさんがやってくるとは思ってもいなかったので、私の部屋は相変わらず散らかり放題の色々とやりっぱなしの状態だ。女の部屋とは思えない状態をまさか色男に晒すことになるとは…恥ずかしくて死にそうだ。
穴が入ったら隠れたいと、顔を熱くした私は、おそるおそるアーチャーさんに視線を向ける。引くか、驚くか…とにかく彼はいい反応をしないだろう。


「…自室がめちゃくちゃなのは、相変わらずのようだな」
「アーチャーさん…?」
「いや、女性の部屋とは思えないと感じただけだ」
「うっ…アーチャーさんって意外と直球ですね…」


やっぱりそうだよね…。そう思いながらも、私は慌てて散らかっているものを片づけた。今更遅いかもしれないけど、ずっとこの状態を見られるよりマシだ。
けれど直球であんなことを呟いたアーチャーさんは、そんな私をちらりと一瞥するだけで、特に何も言ってくることはなかった。…無言が一番刺さる。いつも士郎や凛ちゃんに言っているような皮肉を、今言ってくれたいいのに。


「台所を借りるぞ」
「え…台所って…一体何を…」
「料理以外に、台所で何をするというんだ」


りょ、料理? アーチャーさんが?
あまり想像がつかないけど、彼はいたって本気らしく、私の台所に何があるのかを確認し始めた。ご飯に関しては本当に士郎に頼りきりだったから、大したものはないというのに。
冷蔵庫にも必要最低限のものや、飲み物ぐらいしかないし…。恐る恐るそう言えば、そうだろうと思って買い足してきたから問題ないときっぱり返答されてしまった。か、買い足したっていつ? 料理をする前提で私のところに来たっていうの?


「簡単なものだからすぐにできる。君はそのまま部屋の掃除でもしていたまえ」


それでも、何か言い返そうと私を見かねたのか、アーチャーさんはそれきり料理に集中してしまった。
黒いエプロンが信じられないくらい似合う。どう考えても料理をするためにここまで来たんだ。…けど、なんでだろう。何回かうちに来てる士郎ならともかく、アーチャーさんは私のうちに何もないだなんて知ってるわけないのに…。士郎から聞くとも思えないから、凛ちゃん繋がりで聞いたのかな?
アーチャーさんの言葉通り、会話のないまま黙々と掃除をしていると、アーチャーさんから声がかかった。本当に早い。まだ十数分しか経ってない。


「い、いただきます…」
「ああ」


小さなテーブルに並べられた、信じられないくらいおいしそうな料理に絶句する。
見た目だけじゃない、匂いも最高だ。すごくお腹鳴りそう。しかも何故か私の好物ばかりだ。…いや、もうアーチャーさんが私の何を知ってても驚かない。この人ならなんでも知ってそうな気がしてきた。
外見とは裏腹に、味は最悪……な、わけもなく。食べたら予想以上においしくて、私は彼にお礼を言うのも忘れて、二口目、三口目と食べ進めてしまった。
なんだろう。これ、おいしいだけじゃない。とても食べ慣れた味がする。あったかくて、なんだか懐かしくて、とても優しい味。少なくとも、初めて食べる味じゃない。


「…どうした?」
「いえ…とても、おいしくて…アーチャーさん、いい奥さんになりますね」
「…ちょっと待て、何故奥さんなんだ? そこは旦那さんだろう」


アーチャーさんの料理が、何故だか涙腺を刺激する。じわりと涙が零れそうになったのを耐えるように、もう一口食べた。
やっぱりおいしい。…味が士郎の料理に似てるって言ったら、アーチャーさん怒るかな。きっと温かい気持ちになるのも、それのせいなのかな。本当においしい。


「…君は、私のこの料理でも、店を開きたいと思うか?」


私が夢中で食べ進めていると、黙って眺めていたアーチャーさんがふとそんなことを口にした。決して気恥ずかしげにではなく、何か見定めるような目で。
アーチャーさんも私が『定食屋』を開くことに執着していると思っているのだろう。…まあ、確かにその通りなんだけど…本当は、そういうことじゃない。


「…いえ、アーチャーさんの料理もとてもおいしいですけど…士郎じゃなくちゃ、意味がないんです」
「…というと?」
「昔、士郎が言ってくれたんです。今はごっこ遊びでしかできないけど、いつか、本当にお店を開けたらいいねって」


幼い頃の、わずかな記憶だ。私だって覚えているのが不思議なくらい。
嬉しかったのかな。私の提案に士郎が乗ってくれて。あの頃は私も、自分のお店を持ってみたいなって思ってたし、士郎とは一番仲が良かったから、尚更。
…こんなこと、覚えてるわけないのにね。何年も続けて、馬鹿みたいだな。あんな小さい頃とは違って、士郎も私も成長したのに。
何もお店にこだわらなくたって、士郎はずっと私と一緒にいてくれたのに。


「そうか…。…そうだったのか」
「アーチャーさん?」
「いや…こちらの話だ。…君さえよければ、これぐらいいつでも作るが」
「え! いや、さすがにそれまでは…アーチャーさんに悪いです」
「遠慮しなくてもいいさ。これでも、料理は好きな方でね。衛宮士郎にばかり役を取られるのは気が進まん」


なんだか今日はアーチャーさんが変な日だ。
今までどこか一線引いていたはずなのに、今日は急にアーチャーさんと急接近した気分。料理までご馳走になって…どこか怖い印象だったのに、こんなにおいしい料理を作れるなんて本当に意外だ。しかも、これからも作ってくれるなんて…。
ちらりとアーチャーさんを盗み見る。彼もまた、私を見つめていた。…見たことのないような、優しい視線で。


「じゃ、じゃあ…アーチャーさんの都合が良い日に…」
「決まりだな」


思わずそうお願いしてみれば、アーチャーさんはいつものように口端を上げ、私もお箸を片手に笑っていた。


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アーチャー勢はみんな好きです。
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