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※グロ表現注意



出来ることは、全部やってきたつもりだった。
私がやるべきこと、やりたいことを達成するための努力は惜しまず、それなりに覚悟も持っていたはずだった。だから訓練のときも成績は良い方だったし、兵として期待もされていた。私はそんな自分の力を過信しすぎていたのかもしれない。
いざ目の前に現れた"それ"に私の足は氷のように凍った。


「……っ」


ぐちゃり、ぐちゃり。
私の目の前にいる"それ"は私に気付かず、食事に夢中なようだった。不快で気味の悪い音が耳を貫く。
"それ"が食べている"もの"には見覚えがあった。


「(ヘンリー…)」


ヘンリー・ネラ。訓練時代からずっと一緒にいた私の親友。
どうして軍人を目指していたのか分からないほど優しい子だった。自分がどこまで出来るのか試してみたい。彼女はそう言っていたのを覚えてる。それは私も一緒だったから本当に、よく覚えている。
そうだ。私たちはただの興味で、自分の力がどれほどのものか知りたかっただけでこの道を選んだ。選んでしまったのだ。
―――認めよう。それは愚かなことだったと。


「……」


もはやその命を終えた親友の、どこも見ていない瞳が私に向けられている。彼女の胸からしたの肉体はすでにない。全て"それに"食べられてしまったのだろう。
"それ"は食事にありつけて満足しているのだろう。その大きな口元をこれでもかというくらい上げている。
―――ああ、これが"巨人"か。


「聞いてた通りのクソ化け物ね」


私の震えた声にぴくりと巨人が反応し、気味の悪い顔をこちらに向ける。
ブレードを握る手が恐怖にガタガタと震えていた。親友の無残な死を目の当たりにしたおかげで涙も止まらない。しかし私の口はそんな姿とは逆に、巨人を挑発するような言葉を紡ぐ。どうやらこんな私にも兵士の意地というものがあったらしい。
胸から上しか残っていない、親友の死体をゴミのように投げ捨て巨人は、私に向かってその大きな手を伸ばす。あれに捕まったらもう、待つのは死のみだ。


「何ボサッとしてやがる」


その大きな手が私に触れようとした直後、巨人は全身をびくっと仰け反らせたかと思うと、力なくその場に倒れた。
巨人特有の匂いと煙を目の当たりにして、呆然としていた私はようやく意識を取り戻す。…ああ、私の親友を食い殺したこの化け物は死んだんだ。
うなじの部分がぱっくりと斬れている巨人の上に立っているその人の声に、駄目だと分かっていてもまた涙が溢れ出て来てしまう。


「兵、ちょ…ヘンリーが…ヘンリーが…っ」
「調査兵団に入るからにはこれくらい覚悟してたんだろうが」
「……っ」
「チッ…これだから新人は…」


私の所属する調査兵団のトップであるリヴァイ兵長は、あれだけ恐ろしかった巨人をいとも容易く討伐してしまった。巨人を目の前にしただけで動けなくなってしまった私とは大違いだ。さすが、人類最強と謳われているだけのことはある。
私も少しからず彼に憧れを抱いていた。…いや、私よりもヘンリーが彼に憧れていた。だからこそ、私たちは調査兵団へ入団したのだ。
―――ああ、なんて愚かな選択の仕方をしていたのだろう。


「覚悟がねぇならとっととここから出て行け。確かに調査兵団は人手不足だが…足手まといにいられたら他の仲間がやられる」
「……っ」
「戦えないなら失せろ。無駄に命を散らすな。…そのヘンリーとやらの為にもな」


兵長の言葉はキツかった。元々キツい人だったのは知っていたけれど、こうして巨人を目の前にして、初めてその重みが伝わってきた。
覚悟がある"つもり"だなんて、そんな中途半端な気持ちでこの場所に来てはいけなかったんだ。私みたいなのがいて、すぐに死んでしまうからいつまでたっても調査兵団は人手不足になってしまうんだ。


「お前はまだ若い。兵じゃなく他にも人類に尽くせる仕事はたくさんあるだろう」
「……」
「ただ、あんな状況でも巨人に喧嘩を売ったお前の心意気は…まさに心臓を捧げる兵士そのものだった」


そんな兵長の言葉に、私はハッと身を強張らせる。
興味や、好奇心だけでこの戦場に入った私を、兵士と認めてくれているのだろうか。こんな、調査兵団の覚悟を踏みにじった私を?


「行け。このあたりの巨人共は俺が殲滅する」


そうリヴァイ兵長が巨人の血で使い物にならなくなってしまったブレードを交換しながら言う。この人は、私のために道を開けてくれるというのか。
――呆然と立ち尽くしているだけの私の視線はやっと、兵長から動かないヘンリーへと移される。やはり、目を背けたくなるような無残な死体だった。でも私は彼女から視線を外さなかった。
大好きな親友、その最後の姿をしっかり目に焼き付けるために。


「…っ第三旅団左翼班所属! ナマエです!!」
「…!」
「リヴァイ兵長! 覚悟だけでは足りません! 心臓を捧げても足りません! どうしたら私は…っあなたのように巨人から仲間を守れますか!!?」


自分の心臓の上に拳を叩きつけ、私は散々訓練のときに習った敬礼を今にも立体起動で飛び立とうとしているリヴァイ兵長に向けた。
突然叫び出した私をみて兵長も驚いている。それでも私は、しっかりと涙を拭って兵長と向き合っていた。
スタートから違っていた私には、何もかも足りなかった。そして、それを補おうとしても何もかも遅かった。…今の私では、ヘンリーの仇は取れない。他の仲間も守れない。
――でも私は、ここから逃げたくない。笑ってしまいそうな、兵士の意地という奴だ。


「すべてだ」


それでも兵長は、私の馬鹿げた質問にまっすぐと答えてくれた。巨人の死体から飛び降り、私の目の前へと歩み寄ってくれる。
私は敬礼の姿勢をそのままに、兵長の鋭い視線から目を反らさず彼を見つめ返した。


「足りないならお前が出せるもの全部懸けろ。心臓も、魂も、時間も、意志も、心も、お前が目指すものの為にすべて捧げろ」


言葉だけではなんとでも言えるというのに、リヴァイ兵長がそう言うと、その言葉の重さを痛感させられる。
私の拳に思わず力が篭った。


「本当にその意思があるなら…俺がそれに応えてやる」
「えっ…」
「ただし、俺は甘くねぇから覚悟しておけ」


鋭い兵長の瞳が、私を射抜く。
確かに兵長のようになりたいと言ったが、まさか本人が応えてくれるとは思わなかった。


「分かったなら返事くらいしろ」
「は、はいっ!」
「今日から俺がお前の上官だ。とりあえずお前の全ては俺に捧げてもらう。…お前の目的の為にもな」
「はい! よろしくお願いします!」


私の返事に満足したのか、兵長は黙って小さく頷くと、ついてこいと一言言って立体起動であっという間に移動を始めてしまった。
私も慌てて彼の後を追う。―――でもその前に、私は再びヘンリーと向き合った。


「ヘンリー、ごめんね。守れなくて…でも私、これから変わるから。…あなたの代わりにたくさん守って…必ず、仇をとるから…」


今までありがとう。さようなら。

立体起動のワイヤーを伸ばし、私はもう見えなくなりそうな兵長の背中を追う。
巨人は、全部殲滅する。仲間も、もう失ったりしない。そのために私は…リヴァイ兵長に全てを捧げる。


「安心しろ」
「え?」
「簡単に殺しはしねぇよ」
「…兵長、それはどういう意味ですか?」


兵長の下で強くなって…ヘンリーの分も、生きてみせる。



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アニメが良すぎて涙が出た。
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