メイン | ナノ


※学パロ
※ドラマCD時間軸





「ニ、ニーア先生!」


私が震える声でそう呼べば、いつものスーツ姿ではなく、運動着姿の彼は私の方へと振り向いてくれた。
ニーア先生は最近この学園に赴任した教育実習の先生だ。その端整な顔立ちや、妹想いな優しい性格で学園中の女子生徒を虜にしている。
私はそんな先生に声をかけ、先生は微笑みながら私に答えてくれた。


「ああ、ナマエか。さっきの棒倒し見てたぞ。…盛大に転んでたが怪我は大丈夫か?」
「そ、そんなところは見てなくていいです…!」
「ヨナも心配してたぞ」
「え…じゃあヨナちゃんには後で声をかけておきますね」


今日はみんなが待ちに待った体育祭。
ニーア先生が見慣れない体操着姿なのはこのためだ。さっきエミールくんが興奮気味で語ってたけど、それが大げさじゃないくらい先生の体操着姿は素敵だった。
今はお昼休みで、私はいつものメンバーのところに行こうとしている先生を呼び止める。


「…あ、そうだ。俺に何か用か?」
「そっそうです! あの…今からニーア君たちのところに行くんですよね?」
「ああ。…何故か弁当の中身が空でな…」
「(また先生のファンがやらかしたのかな) あ、あの…テュ、テュラン先生はいらっしゃいますかね…?」
「テュラン?」


ニーア先生は弟くんのニーア君と妹のヨナちゃんとで三人兄弟だった。
ニーア先生と弟くんがどうして同じ名前なのかと言うと、大人の事情…らしいが、今はそんなこと語ってる暇はない。
私が探しているのは彼と別の人。ニーア先生と幼馴染である、同じく教育実習の先生のテュラン先生だ。
体育祭が始まってからずっと探してるけど、あの人の姿は影すら見つからない。


「ああ、あいつなら今日はサボるって言ってたぞ。…実はこの体操着もテュランのを借りてるんだ。自分のを無くしてしまってな…」
「(…エミールくんあたりだろうか) そ、そうですか…。サボり…テュラン先生らしいですね」
「ははっ、まあな。…カイネなら居場所を知ってるかもしれないぞ?」
「あっ! いえっいいんです! 大した用じゃないので!!」
「そうか?」


ニーア先生が私を気遣ってくれるのは嬉しいが、テュラン先生の妹であるカイネに彼の話をすると、それはもう機嫌が悪くなってしまうのでそんなことは出来ない。
テュラン先生はカイネと仲良くしてるつもりらしいけど、カイネの兄嫌いは本当に恐ろしい。それを知ってる私としてはカイネにテュラン先生の話をしたくないわけで。


「(お弁当…作ってきたんだけどな…) あ、あのニーア先生! お弁当がないって言ってましたよね! よろしければこれ、どうぞ!」
「え? いいのか?」
「はい! 自分の分はちゃんとありますから、大丈夫です」
「…それって、別の奴に作ってきたってことだよな? 本当にいいのか?」
「…はい。食べる人が不在なので…あっもしアレだったらカイネにあげてください! あの人食いしん坊だからなんでも食べますんで! それじゃあ!」


申し訳なさそうに言うニーア先生の言葉を無理矢理無視して、私は自分のクラスの席へと走って戻る。
テュラン先生用に作ったお弁当だけど、誰も食べないより誰かに食べてもらった方がいい。…体育祭をサボっちゃうテュラン先生が悪いんだ。


「先生が作って来いって言うから作ってきたのに…」


このままじゃ、体育祭後のフォークダンスにもいないんだろうなぁ。
先生が見てると思って棒倒しも(転んだけど)頑張ったのに。
…まあ、先生の性格を分かってなかった私も私なんだけど…。


「うまくいかないなぁ…」




***




エミールくんの真似をするわけじゃないけど、私はテュラン先生に恋心を抱いていた。
ニーア先生も勿論かっこいいと思うけど、私は彼に心を奪われていた。ニーア先生と違って適当で、乱暴で、口が悪いテュラン先生は一部の人たちにしか人気がなかったけど、時々見せてくれる子供っぽい笑顔が私は大好きで、不器用だけど優しいあるところがあるのを私は知ってる。
それに表には出さないけど、ニーア先生に負けないくらい妹思いで、よくカイネの話を私に聞かせくれた。カイネは鬱陶しがってるけど、先生はいいお兄さんだと思う。
テュラン先生と私は不思議な関係だった。他の生徒よりは先生と仲が良いと思うけど、それまで。きっとテュラン先生は妹と同学年の私を恋愛対象しては見ていない。
……でも、それでもいいんだ。


『お前の弁当、いつも凝ってよな。自分で作ってるのか?』
『当然ですよ! 私、料理だけは得意なんです!』
『ふーん。勉強も運動も駄目なお前にあるたった一つの特技ってわけか』
『悪かったですね、勉強も運動も出来なくて!』
『まぁまぁそう怒るなよ。…今度俺にもその弁当作って来い』
『は? いきなり命令形?』
『当然だろ。俺は先生サマだぞ。生徒をこき使わなくてどうする』
『ええ…絶対先生の定義間違ってますよそれ…』
『いいから文句言わずに作って来い! 分かったな!?』
『わ、わかりまひゅた! わかりまひゅたふぁらふねらなひでふだふぁい!!』


フォークダンスを踊っている生徒たちを見つめながら一人、ため息を吐き出す。
このダンスだって出来ればテュラン先生と踊りたかった。…いや、もし先生がサボってなかったとしても私なんかと踊ってくれるとは限らないけど。
生徒たちの大きな輪から外れて、ニーア先生たちが楽しげに踊ってる光景が目に入った。…お弁当、食べてくれたかな。…その後のリレーがすごすぎてあんまり話し掛けられなかったけど…。


「棒倒しですっ転んだって? 相変わらずだな鈍足女!」
「え? うぎゃあああっ!!?」


突然、背後から声がしたかと思うと強く背中を蹴られて、私はそのまま地面に倒れこんでしまった。
顔から転ばなかっただけまだマシだ。肘は擦り剥いちゃったけど。
聞き覚えのある声に混乱しながら顔を上げると、やっぱり考えた通りの人が私を見下ろしていた。


「テュ…テュラン先生…?」
「おい。人を幽霊みたいに見るんじゃねぇ」
「痛い! け、蹴らないでください! しょうがないじゃないですか…先生がサボったって聞いてたんですから…」


先生のいつのもような乱暴に耐えながらもう一度彼を見上げる。
どうやら本物みたいだ。幻覚じゃない。私は唾を飲み込んで、服についた土を払いながら立ち上がった。


「でも先生…どうして此処に?」
「おいおい。教育実習とはいえ、俺も一応センセイだぜ? 学校にいて何が可笑しいんだよ」
「で、でもサボりって…」
「…体育祭はサボるって言ったが、フォークダンスまでサボるとは言ってねぇよ」
「え?」


瞬間、私は先生に手を引かれていた。
何が起こっているのがよく分からなくて、私は引かれるがままに駆け出し、テュラン先生と身体を密着させる。


「テュ…テュラン先生っ…!? 何を…」
「頭までニブく出来上がってんのかお前は。ダンスだよダンス」
「ダ、ダンス!? もしかしてフォークダンスのことですか!? こんな本格的に踊るものじゃ…ぶふっ!」
「余計なこと言ってると舌噛むぞー」


すでに舌を噛んでいた私の眉間に皺が寄る。
そうしている間にもテュラン先生は私を引っ張り、まるで御伽噺の舞踏会のようにくるくると踊っていた。踊る、と言っても私は本当に先生に引っ張ってもらってるだけなんだけど…。
それよりもものすごくテュラン先生との距離が近くて、先生に触れている部分が全部暑くて、意識しすぎて頭の中ショートしそう。


「テュ、テュラン先生…その…」
「俺と踊りたかったんだろ?」
「…っ」


テュラン先生の一言に、思わず固まる。
足も止まってしまったけれど、テュラン先生が変わらず手を引いてくれたおかげで引き摺るように踊りを続けられた。
顔に熱が集まってるのを感じる。…テュラン先生への想いは、誰にも言ってないはずなのに…どうして――


「俺もだよ」
「…え?」


い、今…テュラン先生、なんて…。


「次、俺に作った弁当を他の男に渡したら殺すぞ」
「えっ…あ、あれはテュラン先生がいなかったから…」
「俺に口答えする気か? 鈍感女」
「ど、鈍感って…うわっ!」


テュラン先生は乱暴で、強引で、口も悪いし性格も悪い。
本当だったら私も近づかないような先生だろう。


「…また、作ってきますから許して下さい」
「当然だ」


だけどこうして今、私の一番傍にいるのはそのテュラン先生であり、私がずっとこうしていたいと思う相手もテュラン先生だけだ。
これからも、ずっと。


--------
テュラン先生を躍らせたかっただけ
[ back ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -