事の発端はイケメン好きの母さんだ。
今日の煮物は上手く出来たから壱哉に届けてこいって言われてタッパーを片手にエレベーターへ向かった。
そういや壱哉、今日は部活で帰り遅いとか言ってなかったっけって思い出しながらエレベーターを待っていたら出会ってしまった。
「……大樹？その手に持っているものは何ですか？」
虐めっ子眼鏡の春佳に。
まさか出会うなんて思わなかった。
向こうも俺に会うなんて思ってなかったみたいで驚いてる。
今だ！この隙に逃げろ俺！
今捕まってもヒーローは助けてくれないぞっ！
「俺が質問しているのに無視するとは…また躾が必要ですか？」
「ひぃっ！すみませんっしたぁっ！」
怖さのあまり低姿勢になって深く頭を下げる！
もう条件反射なんだよっ！
昔の出来事が走馬灯のように頭の中を流れる。
春佳と雅臣は昔、躾と称して俺を虐めてたなぁ。
テストの点が悪かったらマンションのエントランスにコピーを張り出されたり、50m走を競って負けたからって10階まで階段ダッシュさせられたり、給食でピーマン残した日には帰ったら生のピーマンを口に押し込まれたりあとは……はっ！戻ってこい俺！今はしっかりしなきゃ駄目だ！
あの時は壱哉が居たから何とかなったけど今は居ない。
しかも成長した分、更に酷い虐めが待ってるに違いない！
あああああ泣いてしまいそうだっ。
「で？それは何ですか？」
「これは、母さんの煮物、です。壱哉に渡してこいって言われたけどあいつ今日部活で遅いの忘れてた。俺のうっかりさんめ。だから今すぐ帰りますさようなら」
「待ちなさい。俺がその煮物を貰います。良いですよね？実里(みさと)さんも喜ぶでしょう？」
「……はい」
今が逃げるチャンスだと思って背中を向けたら肩を掴まれた。
痛い痛い痛い！笑顔の癖にかなり力強いからっ！
因みに実里は俺の母さんね。
母さんなら春佳に渡したって言ったら絶対喜ぶ。
実はこの幼馴染み3人の中で春佳が1番好きだったりする。母さんがね！
何でも知的な眼鏡が良いんだって。
あの眼鏡で怖さ増してるっていうのに眼鏡が良いんだってーっ。
そして春佳はそれを知ってるから誤魔化せない。
前に母さんが春佳本人に言ったらしいし。
このイケメン好きめっ！
長居は無用だ。タッパー渡して直ぐ立ち去ろう！
渡すだけ！渡すだけ！
「ほら、行きますよ」
「えっ？」
タッパーを差し出そうとしたら腕を掴まれて一緒にエレベーターに乗り込んだ。
あれ？もしかして俺、春佳の家に連れ込まれる？
逃げ出そうにも肩を掴まれたままで動けず無情にも目の前の扉が閉まって上に上がっていった。
「お、お邪魔します」
「気を遣わなくて良いですよ。リビングで正座か空気椅子をして待ってなさい」
空気椅子！？
それなら断然正座だろっ！
くそうっ、来て早速嫌がらせが始まった。
壱哉に渡すだけと思ったから制服で出てきたのに…皺になるな、これ。
そして従ってしまう自分が憎い。
取り敢えず正座をして部屋を見渡すとやっぱ俺の家に比べて断然広い。
このマンションは10階は1部屋、9階は2部屋、8階は3部屋ってピラミッドみたいな部屋数になってる。
だからこの9階は2部屋しかない。
俺の家の1階で10部屋あるから5倍の広さか。
そりゃ広いよな。
おまけに春佳の家は家具が少ない。
あれ？昔来た時よりも少ない？
「春佳、姉さんは？」
「ああ、あの人も一人暮らしを始めましたよ。この家に居るのはもう父と俺だけです」
「へぇー」
2人でこの部屋は持て余すだろうな。
広過ぎても寂しいし落ち着かなさそう。
そんな事を考えて待ってたら着替えた春佳が近付いてくるなり俺の太腿を踏んだ。
ちょっと待てぇぇぇっ！
そこ、俺の太腿あるからっ！
踏んでるっ踏んでるからっ！
これうっかりとかじゃなくてわざとだろっ！
もうかなり痺れてきてんだからマジツライんですけどぉっ！
「大樹、弁当を頼んであげるので此処でご飯を食べていきなさい」
「へ？」
「返事は？」
「はい喜んでぇぇぇっ！」
踵が脚に食い込んで痛いやら痺れやらで半泣きになりながら何回も頷いた。
満足したのか春佳は離れて近所の弁当屋に電話してる。
俺、食いたい弁当言ってないけど…春佳が選んでくれるのか？
「大樹の弁当は白ご飯にしましたよ。煮物もあるし丁度良いでしょう？」
春佳さん、もうそれ弁当じゃねぇよ。
育ち盛りの男子高生に白ご飯だけってヤバイ、泣きそう。
母さんの煮物を真剣に味わおう。
つかそろそろ脚限界。
俺、ちゃんと帰れんのかな？
脚に気を取られていたから春佳が楽しそうに意地悪く笑っているなんて、俺は全く気付かなかった。
「(やっぱり、大樹は泣きそうな顔が1番可愛い)」
2011/03/22
久し振りに書いてみました。
春佳は典型的な好きな子程虐めたいタイプです。
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