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下心

「きりーつ。礼。ありがとうございました」

授業が終わり終礼を済ませると、先程までの静さとは打って変わって教室は騒がしくなった。本日の授業が全て終わり、ようやく解放されたと言わんばかりに、授業中頃合いを見計らい予め帰宅準備をしていた者はすでに教室から出るところだ。あちこちから、じゃあねー。ばいばい。と挨拶が交わされる

「サクラちゃんまた明日ねー!」
「うん!ばいばい」

慌ただしく帰っていく友達にサクラも挨拶を返しつつ教科書や筆箱を鞄に詰めていく

「じゃあね、サクラちゃん」

呼ばれた名前に再び顔を上げると、そこには黒く長い髪を二つに結わえている女の子、九軒ひまわりがいた

「ばいばい、ひまわりちゃん」

サクラが返すと、ひまわりはサクラにばいばいと手を振って教室を出て行った

『ひっまわ〜りちゃ〜ん』
『四月一日君、百目鬼君。ごめんね、待った?』
『ううん、全然!』
『じゃ、帰るぞ』
『偉そうに言うな!百目鬼のくせに!!』
『ホント、仲良し……』
『そ、そんな…』
『……』

廊下から聞こえてきた声にサクラはクスッと笑うと、準備の終わった鞄を机の上に置いた

ピンポンパンポーン

『え〜、サッカー部は職員室前に集まってください。もう一度繰り返します。サッカー部は職員室前に集まってください』

(あ、サッカー部って…小狼君…)


突如、廊下からバタバタと走る音が聞こえてきた。なんだろうと思っていると、いささか乱暴に開かれた教室のドアから姿を表したのはサクラの想い人である小狼だった

「小狼君!!」

彼にしてはらしくない開け方である。相当急いでいるようだ。呼ばれたのだから当たり前ではあるが

「…サクラ、俺、部活で呼ばれたから、少し遅くなる…」

彼のせいではないのに申し訳なさそうに言う小狼にサクラは大丈夫だよと笑って答える

「うん、待ってるね」
「ごめん、なるべく早く戻るから」

そう言うと小狼は走って行ってしまった

(やっぱり小狼君だなぁ)

そんなに急いでいるなら、一目散にその場所へ行ってしまっても仕方がないといえば仕方がないことであるのに(校内放送で流れたのを聞いているし)、それでもきちんと相手に断ってから行くところが彼らしい

遅れると伝えに走ってきてくれた先程の彼の姿を思い浮かべて、サクラは笑みを浮かべた



───さて、小狼が来るまで何をしよう。待つのは別に構わないのだが、やはり暇である

「また、明日ね」
「うん、また明日」

サクラは帰るクラスメイトに手を振り、ふと教室を見渡すと残っているのはサクラだけだった

(あれ、もうみんないないんだ……あ、違う、まだいる)

ある机の横に掛けられている鞄にサクラが気づいたのとほぼ同時に閉まっていた教室の扉が音を立てた

ガラララ……――

小狼が開いた扉とは違う、教室の前の方の扉が開いた

「小龍君」

そこには小狼の双子の兄、小龍がいた。手には白や赤のチョークが入った箱を持っている。どうやら週番である彼はチョークを取りに行って戻って来たようだった

「そっか、今週は小龍君だもんね、お疲れ様」
「ありがとう」

サクラの労いの言葉に微笑みを浮かべて礼を言う小龍

(やっぱり小狼君と全然違うな)

小狼はとにかく真面目で素直で、そんな小狼とは全くの別人。とまではいかないけれど───

一卵性双生児だから見た目はそっくり、どころか瓜二つ。だが、纏う雰囲気や性格は違う。なんというか…クールなのだ。どことなく百目鬼や黒鋼に近いものがある

「サッカー部呼ばれてたな」
「え?うん、そうだね」

手に持っていたチョークを置くと、授業の内容が書かれたままの黒板の掃除を始めた。その様子をただなんとなく眺めていたため一瞬ビックリしたがサクラは慌て返事を返した。

「小狼、職員室で見かけたけど、すぐには戻って来れそうになかったよ」
「そうなんだ…あ、私手伝うよ、黒板」
「え?」

彼は目を丸くしてこちらを振り返った

「私やることなくて暇だし、手伝ってもいい?」
「…ありがとう。なら窓閉めてもらってもいいかな」
「窓?うん。分かった!」

早速サクラは窓閉めに取りかかった。そして、必然とでもいうのか……ただなんとなく。理由なんて特になく、ふと下を覗いた

「あ…!」

(小狼君……)

そこには小狼がいた。
部活とは関係のない花壇の花の植え替えをしていた。実は召集をかけられたサッカー部が、都合よくパシられていて、その内容が花壇の植え替えだったということ。その場面をたまたまサクラが目撃したのだ

さっき小龍が言っていた言葉が頭をよぎる
『すぐには戻って来れそうになかったよ』
なるほど、そういうことか

見るからに重そうな花の肥料を運ぶ姿を見ながら、これじゃすぐには来れないねと苦笑した

「どうした?」
「へ?!!」

突然隣から聞こえてきた声に思わず変な声が出てしまった。いつの間にこんな近くまで来ていたのか、サクラの隣には黒板を掃除していたはずの小龍がいた

あまりの驚きに目を真ん丸くしたまま答えられずにいるサクラに少し首を傾げて促すと、ようやく我に返ったサクラは手を振りながら答える

「なんにも、なんでもないのっ」

その様子に興味を惹かれた小龍は窓の外に視線を向け、下を覗き込んだ

「あっ」
「…ふ〜ん、なるほどね‥」

かぁ〜っと赤くなったサクラを振り返ることなく、小龍は言った

「ただ花植え替えるだけじゃなく雑草刈ったりもしてるんだな」
「あ…うん」

てっきり小狼絡みの言葉が来ると構えていただけに全くかすりもしない小龍の言葉にきょとんとしてしまった

「植え替えって今度は何植えるんだろう」
「う〜ん…パンジーかな?前植えてたし…黄色とか鮮やかで綺麗だったし、すごく可愛かったの」
「そうだったのか」

あれ…?
今まで外に向けられていた視線はいつの間にかこちらに向けられていた。その目がなんだかすごく優しいものに感じた

なんだろう…何か違う……

「……小龍く」
「窓閉めありがとう。助かった」

何故だか逸らせない、吸い込まれるような感覚に陥っていたサクラが思わず口にした彼の名前に重ねるように、小龍は言った。なんだかはぐらかされたような気がする。変わらず微笑みを浮かべている彼。何を…考えているの…?

「お、そろそろ小狼戻って来るんじゃないか?」

再び下を覗き込んでそう言うと、自分の机に向かい、掛けてあった鞄を手に取った

「じゃあ、また明日」
「え…あ、待って」

すでに教室の扉に手をかけている彼に声をかけた。でも、呼び止めたところで自分は何を言いたいのだろう

サクラの声に立ち止まり振り返った小龍は、なんだ?とサクラの言葉を待っている

「えっと…」

言いたい言葉が分からない
小龍のあの目から感じたものが何なのか…聞く術が分からない

小狼にはない、人を惑わせるこの人は

感じたものは悪いものじゃなく、暖かいもの…小狼から…感じるものと…似ている…おな、じ?

「あ……また、あした…」
「…ああ」

1人になった教室で、サクラは自分の席に戻ると力無く腰掛けた

分かんないよ……小龍君




随分遅くなってしまった。まさか花の植え替えをすることになるとは思わなかった。その上想像以上に重労働で、部員の中にはバックレちまえば良かった〜と不満を言う者もいて、さすがに小狼も苦笑せざるを得なかった

「あれ?」

見知った人物が向こうから歩いてくるのに気づき小狼は声を上げた

「兄さん!」

向こうも近づいてきているのが小狼だと気づいていたのか、小狼に呼ばれて返事を返す代わりに笑みを浮かべた

自分と同じ顔の人物の前で足を止めると、その人──小龍は口を開いた

「お疲れ様、小狼」
「ああ、うん、ありがとう。あれ?兄さん今日部活だっけ?」

確か部活がないから今日は早く帰って晩御飯作るって言っていたのに…と、未だ学校に残っている兄に疑問が浮かぶ

「あぁ…それが週番で」
「あ、そうなんだ」

苦笑気味に答える兄に今週からであることをすっかり忘れていたのだと知れた

「俺たちこれから帰るんだ。兄さんも一緒にどう?」

四月一日と百目鬼とひまわりは一緒に帰って行くところを見かけた。恐らく兄はこのまま1人で帰るのだろう

「いや、このまま帰るよ」
「え〜…あ、他の人と約束があるとか?」

小龍は少し笑って答えた

「見せつけられてもなぁ」

どういう意味だろう…と一瞬分からなかった小狼だが

「…!もう!そんなことないよ」
「そんなことないってのも問題なんだけど」
「う…兄さん!」

結局からかわれてしまったのだと気付いても顔が赤くなるのを止められない

「じゃ、先行ってる」
「…うん、じゃ」

ぽんと小狼の肩に手を置くとその手をひらひらと振る。そしてだんだん小さくなっていく姿を見届けると、サクラの元へと再び走り出した


その足音を聞きながら小龍はサクラがいる教室を見上げた。その目に入り混じる感情をサクラは薄々感じている。そしてサクラは否定しなかった


悪いな小狼


その表情が一瞬苦しそうに歪められ──何かを押し込めるように、目を閉じた





END


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