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大トラ二匹一丁あがり

コンビニで買ったさきイカとビールを携えてカイジのアパートの前まで来た。まだ陽も昇っていない早朝だったが、さちはお構いなしに階段を踏みつけていく。飲み会終わりになだれ込んだカラオケでも飲み足りない思いをしたため、近くのカイジの元へ上がり込んで三次会へとしゃれこもうとした次第。
こんな陽もでていない朝早くにカイジが起きていないことは承知している。しかし、構わず特攻するのが彼女だった。
近隣の住人に迷惑にならない程度に、しかし部屋の主に確実にダメージを与えるため小刻みに小さくドアをノックし続ければ―…

「お前何時だと思って…!」
「お早うっ、飲みましょー!」

怒鳴り声と共に開かれた部屋。がら空きだった横を慣れた様子ですり抜けていくさちをカイジは止める間もなかった。嬉々としてテーブルの上に缶とつまみを広げ出した彼女に悪態をつきながらも、カイジもテーブルの反対側へ座る。

「やだ…カイジくん付き合ってくれるの? やさしいいい」
「やめろ、その猫なで声」

そんなこと言って何度も部屋に入れてくれるくせに、とブツブツとぼやく。その顔はもうとっくに出来あがっている。

「なあ、昼には帰るよな?」
気もそぞろにビールを開ける前から急かすカイジに、彼女はあからさまに不機嫌になる。
「やめてよ、冷めるんだけど」
「いや…そういうつもりじゃ」
じゃあどういうつもりなのさ、と言いたい気持ちを噛みつぶしてさちはプルタブを引き上げた。帰ってほしいならはっきりと伝えればいいのだ。いい大人がもじもじと鬱陶しい。
一缶を一気に煽る。そうすれば必然とカイジも潔く負けて後に続くと思ったのだ。
しかし今日のカイジの様子は違っていた。

「午後から出かける予定があんだよ」

勢いよく流しこんでいた酒を喉元で急に止める。気管へ回ったのか軽くむせたので缶を置いた。いつのまにか横へと動いていたカイジが背中をさする。

「ど、こに行くの」
「面接」
「今のバイト慣れてきたころなんじゃないの」
「馬鹿。永久就職先の、だよ」

予想だにしていなかった台詞に思わず咳も止まる。ただただ呆けて、黒い瞳を見るといつになく真剣だった。
「有り得ない」
「ひでえな…」
「だってカイジだよ。だって…カイジだも」
「お前な!」

声を荒げてみるもさちには効果を成さないようだった。

「知ってた? カイジの名前ね、『 考えうる限りの 至らない 人ぶゆ 』って意味なのよ。そんなのが、就職なんて恐ろしいったらないれ」
「人の名前で勝手にあいうえお作文やってんじゃねえ」
「天才で しょ」
「なあおい、すでに呂律回ってねえじゃねえか。な? そろそろやめたほうが」
「いやよ、まだ飲むんだから」
しゃっくりを挟みながらたどたどしい声が続く。
「カイジは就職しちゃらめなのぅ」
「はいはい」
「いらとなったらあたしんとこずっと就職すればいいの」
「!?」

彼女はそのあと一人で乾杯の音頭をとって焼酎に手を伸ばした。
アルコールにまだ手をつけていないはずのカイジの顔もみるみるうちに赤く腫れていく。
しばらく一言も発さずにじっとしていたが、床に転がった空き缶をぐしゃりとつぶしたかと思うと、彼女にならうように酒に手を伸ばした。

***

「面接ぶっちって…ばかなんじゃないのーーー!!??」
結局、意識が完全に吹っ飛ぶほど飲み続けていた彼女は、頭痛のひどい体でわんわんと一方的に怒鳴ることになった。かろうじて記憶の残っているカイジは終始だらしない顔をしていたとか、いないとか――。


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