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実を結ぶ

スケジュール帳を先月に遡ってもう一度確かめる。赤い印のついた日から指をのせて数えると今日まで一カ月ちょっと経っていた。ベッドの上に横たえていた体を反転させる。気持ちを落ちつけたくて布団に顔を埋めた。
どうしよう。いままでこんなに遅れたことはなかったのに。体調不良でもあったかな、とここ一カ月の調子を振り返ってみたが本人に体調を崩した記憶はない。
ふと、唯一思い当たる理由に気付いて青ざめた。だとしたらどうすればいいのだろう。

***

翌日は一時限目から講義が入っていた。のろのろと教室へ向かう途中、見慣れた背中を掲示板の前に見つける。声をかけようとして挙げた手が宙をさ迷った。向かい合って会話になっても普段通りに話せる自信がなかったからだ。
さっさとその場を立ち去ろうとしたところで、タイミング悪く振り返った涯と目が合う。
あ、と口を開いた涯を見て、彼女は居心地が悪くなった。
逃げたい。

「移動するか?」
具合が悪いようにでもみえたのか、よっぽどひどい顔をしていたのか。涯にしては珍しく気の利いた行動だった。まだ講義が始まるまでいくらか時間があったので、場所を食堂へと移動する。午前の食堂には人はいるもののまばらだったのが幸いだった。涯は食堂隅の一角のテーブル席に彼女を座らせて水を持ってきた。
涯と会ってから一言も喋っていない。向かい合う形で席に座った涯が覗きこむ様に問うた。
「どうした」
「あ…ううん…」
「俺には言えないことか?」

そんなことない。言えないことじゃない。ただ言うべきか迷うことなだけ。
慌てて首を振って否定した。それなら、と促されれば伝えないわけにはいかなかった。

「月のものが、こなくて」

「は?」

神妙な面持ちで小さく目の前の涯にだけ聞こえるように言ったのに、間抜けな声が帰ってきた。こういったことには疎いというか相変わらず鈍い。唇を食んでこらえて、傍に他人がいないのを確認して言った。

「生理がこない」
「はぁ…って、ああっ?」

赤くなって狼狽する様子を隠す素振りもない。いつもなら赤くなった涯を見て面白がるところだが、今の彼女にそんな余裕などなかった。頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

「どうしよう…」

「…嘘だろ」

耳に入りこんだ声のトーンがいつもより一層低くなっていて、泣きそうになった。
最悪だった。


「就職もまだだし、学生の身分だと金がな」
言葉の中に引っかかるものを感じて顔をあげた。
「ん?」
「あ?」
疑問を疑問で返される。
「いや、こんな早くとは思ってなかっただけで」
「え? え、え?」

「いくら避妊してたって絶対じゃないだろ。それくらい俺だって分かってやってる」
「わあーーー!??」
今度は彼女が赤くなって席を立ちあがる番だった。人がいないのを知ってはいるものの思わず後ろを確認した。涯が最初とは打って変わった真面目な顔で見上げている。
朝っぱらから何を。話を持ち出した私も悪いのかもしれないけれど。
「ががが、がいくんっ」
「おい、じっとしてろ」
肩を押さえこまれて静かに席に戻される。
「だってまさか涯くんの口からそんな」
「何言ってんだ」
「だって」
「初めから責任を担う覚悟ぐらいしてる」
何か話さないといけないと感じたが、それよりも先ず涙が溢れ出てきた。
この状況になって考えさせられてみれば、たしかにそうなのだ。涯はそういう人なのだった。誰よりも自分に責任を負おうとする人だ。
ますます泣きじゃくり歯止めのきかなくなった彼女に、涯は何も言わずに付き添った。

***

「ごめん」
そのまた翌日になって直接涯の家を訪れた彼女の表情は柔らかかった。
「生理きちゃった」
「……」
玄関先ですべき話ではなかったが、扉を開けた瞬間かけられた言葉と態度に半ば苛立ちを覚え、沈黙する。
「ほんとにもー、どうしてだったのかな。原因とか全然わかんないけど、良かった!」
朝っぱらからテンションも高く話す彼女。何がそんなによろしいというのか。
「そりゃ良かったな。閉めていいか」
本気で先のことを考えていた自分が馬鹿にしか思えない。
「わ、待って! ねえねえそんなに私のこと好き?」
「調子いいなお前」
「だって涯くんにわかりやすい好意向けられたの何年ぶりだと思って…!」
「知るかよそんなの…!」
「すごい貴重なんだからね、涯くんのデレってのは!!」
「五月蠅い、しばらく来るな!」
勢いよく戸を閉めた後、何もしていないのに呼吸が荒くなり全身が熱くなった。
相手が反省を見せるまでは口もきかないことを心中で誓った涯であった。


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