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静かな朝

寝つかなければ、と思うほど意識が覚醒していく。このところ赤木さんの帰りを待っているうちに生活習慣が乱れてしまった。待てと言われているわけではないけれど、眠る前に顔を見るだけでもしておきたい。でも、待ったとしても必ず帰ってくるわけでもない。いわば運のようなものだ。今日は予め帰らないと珍しく連絡があったものだから、久しぶりに日をまたぐ前に寝支度を終えた。
だけど常時なら起きている時間。布団に入り込んではみたけれど、やっぱりさえて眠れない。
仕方なく起き上がり、真っ暗な部屋を見渡す。
赤木さんと井川くん、天さんとで、原田さんの屋敷に上がりこんで二週間ほど経っただろうか。いきなり赤木さんが「行くか…関西」と言いだして、その日のうちに新幹線でばたばたと原田さんのもとへ行くことになった。なし崩しにどこからかそれを聞きつけてきた井川くんと、彼と一緒にいたらしい天さんが一緒についてくることになっていた。
はじめのうちはこの屋敷内で4人、連日のように徹麻を続けていたのにここ一週間はずっと外へ出ている。雀荘へ行ったりバーだとかスナックだとかにも顔を出したりしているのかもしれない。まあその間、もちろん私は放っておかれているわけで。
つまらない。
寂しい私を構ってくれるのは、屋敷にいる原田さんの子弟の人や…野良猫くらいなものだ。
障子を開けて縁側に出る。枕元にこっそりと隠し持っていた懐中電灯を軒下に向かって点けた。
「赤木さん、おいで」
こっそりと静かに。なあぅ、と鳴き声がして三毛の子猫が出てきた。抱きあげると抵抗なく腕の中に収まってくれる。
「呼んで来てくれるのは君くらいだね」
夜が更けたらこの子と散歩に行こう。
明日の予定を決めたら眠れるような気がした。それでもやっぱり一人は寂しいので、『赤木さん』を抱えたまま布団にもぐりこむ。
あたたかい。
赤木さんも嫌がる様子もなく、ころんと丸まって静かになる。
「ありがとう」
足元に暖かな子猫の存在を感じていると、少し空虚が埋められた気がした。



外が白んでいる。
いつの間にか寝入っていたようだ。
ふと気がついて、布団の中にいるはずの子猫をたしかめようとして手を伸ばす。
子猫が寝ていたはずのその場所には温もりだけが僅かに残っていた。まだ布団から出てもいないのに急激な底冷えを感じる。
ぞっとした。
邪魔な布団を払い退けて、目線だけで子猫を探してみるけれどどこにも姿は見えない。
あたたかいままだったということは、そんなに時間が経っていないということだ。

「赤木さんどこ…」
どうしてだかじわりと目頭が熱くなって、たまらなくなって、それから――。

「寝ぼけてんのか?」

反射的に声の方を振り向くと、赤木さんが子猫を抱えて私を見下ろしていた。
「赤木さん」
寝起きのせいで喉も上手く機能しない。かすれ出た声は自分でも泣いているように聞こえた。
いつからそこに居たんです、とか、お帰りなさいだとか、かけるべき言葉はたくさんあったはずなのに、どうしてだか切なくなった。
赤木さんに会えないのはいつものことで、離れていることにも慣れているはずなのに、こんな気持ちに今更追いやられるのはどうしてなんだろう。
寂しくはないと思っているはずなのに、なんとなく――それでも確信的に――野良に姿を重ねたりして、本当は何を考えているんだろう。
貴方に出会ってからというもの、私は自分というものがさっぱり分からなくなりました。

よたりと立ち上がろうとすると、心配してくれたのだろうか、赤木さんが脇を抱えて起こしてくれた。
その反動で、一瞬、体勢が崩れる。
完全にバランスを失ってはいなかったけれど、無意識に目の前の胸に飛び込んでいた。
驚いた子猫が一声鳴いて、するりと畳の上に着地するのを視覚がとらえる。
怖くて、額が赤くなるほどに強く顔を押しつけた。
「珍しいじゃねぇか、甘えてくるなんてよ」
「たまにくらい、いいでしょう」
出来る限り素気なく返してはみたものの逆効果だったらしい。筒抜けに通じてしまった言葉はただ赤木さんを静かに笑わせただけだった。


ここを訪れた時と同じように、唐突に赤木さんが帰るぞと言ったのはそれから数日後のことだ。
「まあいいじゃねえか、たまにはよ」
井川くんが「もっと教えてもらいたいことが山ほどあったのに」と不貞腐れているのに、赤木さんは笑ってそう言った。井川くんならどんな予定があろうとも赤木さんについて帰りそうなものなのに。なんだか少し笑えた。御三方にとことん伸されて旅費が足りなくなったらしい。赤木さん相手とはいえ井川君も相当強かったですよねぇ、半荘も勝たなかったんですかと問えば、天さんが大笑いしながら「愛されてるなあ」と楽しそうにしていた。よくわからなかったけれど、井川君ならその辺りの雀荘で負けを取り戻せるだろう。天さんとは今度また家にお邪魔することを伝え、あの明るいお嫁さんたちに料理やら何やら色々と手ほどきしてもらえるようにお願いして別れた。
帰り際に原田さんに「色ボケづいてからに」と半ば呆れ顔で見送られたのはちょっと冷や汗が出た。

大きな屋敷の門をくぐりぬけたところで、入れ違いに足元をよぎる何か。
「あ。赤木さん」
「ん? どうした」
思いがけず直ぐ隣りから声がかかってぽかんとする、と同時に理解して、可笑しくなって笑った。
「ふふ、呼んでみただけ…ということにしてください」
「なんだ、何かの謎かけってとこか?」


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