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ご指南願います

「きたっ、これでロン!」
雀卓から勢いよく彼女の声があがる。麻雀をしていたのだろう。しかし卓には人は揃っておらず、彼女のほかに男が一人卓についているだけだ。それも余程暇を持て余しているのか、既に読んでしまった雑誌を頬杖をつきながらパラパラとめくっている。
「岸辺さん、これ何点? ねえねえ」
呼びかけられた男は反応を見せ、彼女の牌を一瞥するとまたすぐに視線を雑誌に戻した。
「罰符」
「へ?」
「フリテンだ」
「ふ、ふりてん…え?」
言葉の意味がわからずに、倒した牌と岸辺の顔を交互に見つめるが、そこに答えはなく。手を伸ばして背広をひいた。
「岸辺さぁぁん!! ムシしないでー!」
「だーもう! 二巡目の時に和了牌捨ててるだろが。その牌じゃ和了れねェんだよ」
「そうなんだー!」
「そうなんだー ってオイ!」
怒ったような、呆れ切ったような様子で岸辺は頭を掻いた。
ここ数日のところ、彼女が岸辺の家を訪れて一人麻雀をしていくようになった。いつも一人で牌遊びをしているのはもちろん岸辺が参加しないためだ。つい数日前まで牌に触ったことすらない素人だった彼女は、やはりまだまだ素人の域を抜け出せてはいないものの、彼女自身のペースで成長を見せ始めている。しかしそれでも到底一人きりで回していることに変わりはなく、外から見れば何が楽しいやらといった具合。
「一人で打ってて楽しいか?」
「実のところはアンマリ」
やっぱりな、と岸辺は息をついた。
「麻雀は人と打った方が覚えやすいかもな」
「じゃ、岸辺さん一緒にしましょ」
「素人とは打たねーよ」
「きっついなぁ」
そう言って彼女は僅かに表情を曇らせた。けれどそれも一瞬でいつもの明るい彼女に戻る。卓上の牌をジャラジャラとかきまわし、また一人麻雀を再開。岸辺の邪魔にならない程度に、と本人は思っているのだろうが、それでも少し寂しいらしく口を動かしながら、配牌の悪さについてぼやいてみたり牌そのもののカッコよさについて一人語っている。ルールや役はまだ覚え切れてはいないが、さすがに回数を積んでいるだけあって手元の動きは随分と慣れたものだ。そんな彼女の成長を見て岸辺はほんの少し複雑な気持ちになる。
いつだったか、麻雀を覚えて何をする気かと問えば少し口ごもった後に「き…い、井川先生と岸辺さんと、それから沢田さんとで囲みたいの」と言っていた。あまりに分かりやすいものだからしばらく顔がニヤついたっけか、と岸辺は回想する。
「今度沢田さんの雀荘連れて行ってやろうか」
そろそろ雀荘へ出向いて本格的に場に慣れてもいい時期かもしれない。知り合いの雀荘ならば初心者が行っても少しくらいは融通が利くというものだ。
「え? でも岸辺さん、私にはまだ早いって言ってたのに」
「だけど行きたいだろ」
「うん…でももうしばらくは岸辺さんちでいいよ」
「俺んちでやってたって埒あかねえっての」
「岸辺さんの不感症〜」
「ハァ?」
「あ、ちがった、鈍感ってことを言おうとしたんだ」
赤らんだ両頬をおさえながら、しまったと彼女が呟いた。
「私はここで麻雀やりたいんだってば」
ポカンと呆けた岸辺を横目に、彼女もまたわかりやすくため息をつく。
「やっぱり今日はもう帰るね。遅いし」
「おう! 気をつけてけよ」
帰るときは帰るときであっさりしたもので、牌を片付けるとさっさと彼女は部屋をあとにしていく。
おじゃましましたーと、玄関の方で戸が閉まるのと同時に、岸辺は雑誌を投げ出し勢いよく椅子の背もたれに身体を預けた。

彼女の言うとおり、気付かない体を装うのもいい加減疲れた。特に、闘牌中ならばともかく、他のことでポーカーフェイスを気取り続けていられるほど彼は器用な人間ではない。
そして彼女は彼が『気付いていない』ふりをしているのを『気付いている』のだろう。それを彼は知っている。

明日もまたきっと、雀荘帰りのころに家の前で張っているであろう彼女を思い浮かべて、いつ暴露すべきかと盛大なため息をついた。


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