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花京院

『家出』から戻ってきた花京院はどこか雰囲気が変わっていた。元々長身で近寄りがたい空気をまとう人だったが、両目に傷跡をつけて帰ってきたのが余計に箔をつけている。あとはどの辺りが変わったのか、と尋ねられるとそれはそれで困るのだが、大きくなったというか…どう言えば伝わるのかわたしにはよく分からない。家出の話を聞くに、友人や親戚の家にお世話になっていたとかそんなレベルではなく、遥か海の向こうのエジプトまで出ていたのだという。それもう家出じゃないです。
でも、戻ってきてから雰囲気の柔らかくなってミステリアスな話題を持っていそうな彼を周囲の人たちが放っておくわけもない。わたしの耳に入ってくる彼の情報はもう噂くらいだ。

そんな風にわたしがちょっと昔の事を懐かしみながら下校していると、典型的な不良さんにからまれ今に至る。
「君がよそ見してたお陰でこいつの腕が折れちまったあじゃね〜か〜ッ」
「どう落とし前つけてくれんだよオラ」
「ああ…どーもすいません」
今時まだこんなカツアゲする子たちがいたんだなあ漫画の中だけかと思ってたと他人事のような感想を抱いたので、声が完全に棒読みだった。それが完全に彼らを逆上させてしまったようで。
「テメー、ふざけんなよ!」

「名前、どうかしたのかい」
「花京院」
懐かしい声に顔をほころばせて振り向くと、花京院ともうひとり、有名人が並び立っている。最近はこの彼、空条さんと共に見かけることが多いが、いつのまに知り合いになっていたのだろう。
「なんか不良にからまれて…って、あ!」
助けを求めようと不良を指差そうとしたが、すでに逃げられていた。なんて足の速いやつ。でも、まあこんな威圧感のある人がそばにくれば逃げ出してしまうのも仕方ないな。
「助かったよ、ありがとう! もう逃げちゃったみたいだけど」
二人にお礼を言って立ち去ろうとする。花京院に友達ができたのなら喜ばしいことだ。もうしばらくは友情を育む時間だって必要ですし、と名残惜しい気持ちに区切りをつける。
「待ってよ名前」
焦った語調の花京院がわたしを呼びとめる。もう一度振り向くと花京院が空条さんの腕を引いて近付いてきた。
「承太郎、この子は名前っていって…僕の友人なんだ」
何を言いたいのかよくわからなくて首を傾げる。どうやら紹介されているらしい。それにしても、今までの花京院がわたしのことを友達だと認めていてくれる節があっただろうか。どちらかといえばわたしのほうが一方的に友人呼ばわりしているものかと思っていた。…新しい友人の目の前で優越感を感じてもバチは当たらないよね。
「で、名前も知ってると思うけど彼は承太郎。彼も僕の友人だよ」
「どうぞよろしく、空条さん」
空条さんはヤレヤレ、といった具合に帽子のつばを下げた。よく読みとれない表情が一層わからなくなる。対して花京院はどこか嬉しそうに笑っている。
「どうしたの?」
「あ、いや、友達に友達を紹介するっていうのをやってみたかったんだよ」
花京院ははにかんだ。その顔がすごく…
「かわ…っ」
思わず心の声を露呈しそうになったが、なけなしの理性でとどまる。空条さんが頭上で笑みを浮かべたような気がしたのは気のせいか。
「そっか! それはよかったね」
慌てて訂正する。いやに素直な思考回路をもつ花京院ならとがめては来ないだろう。
「それでね名前」
ゆるんでいた顔をうってかわって凛々しく引き締めた花京院。自然と背筋をのばして、次の言葉を待つと予想していなかった台詞が飛んできた。
「君と本当の友人になりたいんだ」
「え?」
わかりやすい言葉を求めたく存じます。えーっと今しがた友達だと紹介をされた気がするのは妄想でしょうか。そしてそれに舞い上がったわたしって一体。
「僕は今まで『秘密』を盾に君とまっすぐ向き合うことを恐れていた…だから今度は僕の方から名前に歩み寄りたい」

だから、もういちど最初からやり直したいんだ。

もう、花京院の目はいつかのように、見つめるわたしの視線をはねのけるようなことはしないだろう。
わたしは軽く咳払いをした。
「えー、花京院典明くん。きみがどんな秘密をもっていようとも、勝手にこっちは友達だと思ってますから。どうぞよろしく」
芝居がかった真面目くさった声をかけて手を差し出すと、花京院は目を丸くした。それも一瞬で、すぐに優しい表情になる。
「これからもよろしく名前」

握り締めてきた手が大きくて気恥かさを感じる。微笑んで握り返して彼の眼をみると、その向こうに翡翠色の瞬きを見た気がした。


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