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爆ぜたセンテンス

アヴドゥルさんへ

お久しぶりです。アヴドゥルさんお元気ですか? 風邪なんてひいたり、してないですよね。私はこのまえちょっと体調を崩してしまいました。病気で気弱になったのもあって、急に心配になってしまってこうして手紙をかくことにしました。アラビア語は相変わらずぜんぜんわからないので、つたない英語になるのをお許しくださいね。
こちらはまだ肌寒い日が続いています。底冷えのするような昼がこうも毎日続くと、エジプトのあったかい気候が懐かしいです。冷え性だから私もいつかは温暖なエジプトに住んでみたいなあ。安直でしょうか。でも、日本を離れたらこうして雪かきをすることを懐かしんじゃうんでしょうね。むずかしいところです。
このまえ承太郎にも久しぶりに会いました。かわいい赤ちゃんを連れててびっくりしました。なんと結婚したそうです、アヴドゥルさん知ってました? 22、3歳じゃなかったでしたっけ、彼。まさか承太郎に先を越されるとは思いもしなかったので開いた口がふさがりませんでした。でもそれ以上にびっくりしたのは承太郎の親ばかっぷりなんです。彼のことなので娘さんにべたべたする、とかそういうのではないのですが、なんというか自分の子供を見る眼差しがやさしいんです。人の親になる、って素晴らしいことですね。すごくうらやましい。
娘さんの名前はジョリーンちゃん、漢字では"徐倫"とかくそうです。どういう意味を持っているかわかりますか? 実は私も漢字辞典を繰ったんですけどね。ここ、笑うところですよ。それぞれ『ゆっくりと しずかに』『人の守るべき道 なかま』を指すそうです。承太郎は徐倫ちゃんの名前の音と画数にかなりこだわったみたいですよ。承太郎の期待に応えて、どんな道を歩もうともくじけない強い子に、わたしもなってほしいと思います。
と、いつのまにか私の近況よりも承太郎の話になってしまいました。でもそれくらいびっくりしたってことですよ。わたし、彼が結婚したってことすら知らなかったのに、結婚式で友人の晴れ姿くらい拝みたかったものです。
まさかアヴドゥルさんは知ってたってことないですよね? もしそうなら、わかってます?

  名前

※ ※ ※

名前へ

英語での文面、誰かと思えば名前 きみか。言う割に英語も達者じゃあないか。久しぶりの連絡嬉しいよ。私は相変わらず占い師の仕事を続けながら元気にしている。
日本はいま寒い時期のようだが、カイロも結構冷え込むんだぞ。たしかにそっちほどではないけれどね。人間は慣れの生き物でどこにでも順応できるというから、きっと名前はどこに根を下ろしてもやっていけることだろう。私はこちらに居ついて長いから、今更動く気にはなれないがね。きみはまだ若いからな。
承太郎の結婚のことだが、知っていたよ。とはいっても承太郎から直接聞いたわけでなく、ジョースターさんから一報があってのことだったんだが。承太郎にもいろいろと思うところがあったようだから、連絡のなかったのは許してやってくれ。ついでに黙っていたわたしのことも頼むよ。
私も長く承太郎にもジョースターさんにも会っていない。きみの手紙を読んで無性に彼らに会いたくなったよ。立派に承太郎も父親になっているようでよかった。名付けも彼らしい良い名前だ。きみの願いどおりきっと素敵な女性に育つことだろう。

それはそうと、貰った手紙できみは体調をくずしたと言っていたが、文面をみるかぎりまだ治りきっていないような書き方だった。まだ病気とやらは続いているのか。それとも慣れない英語のミスだろうか。きみのことが心配だ。

  モハメド・アヴドゥル

※ ※ ※

アヴドゥルさんへ
手紙をいただいたのに返信が遅れてしまってごめんなさい。ご心配かけてしまったようですが、私はもうすっかり元気になっています。
じつは私は病気でなくて、ちょっとした悩みごとがあってアヴドゥルさんに手紙をしたためたんです。前の手紙ではそれを相談しようと思っていたのですが、アヴドゥルさんの顔を思い浮かべながら書いているうちに吹っ切れてしまいました。相談もまだしていないのに、おかしな話ですよね。
全部お話しますと、驚かないで読んでほしいのですが、じつは私には婚約者の方がいました。相手の方はすごく紳士的で社会的地位もしっかりとした人で私にはもったいないくらいの人格者です。体裁は婚約者という肩書ではありましたが、結婚とかそんなことはまだまだ先だろうと、私は普通の恋人としてのほほんとしたお付き合いをしてました。
でも、その矢先に承太郎と再会してこのままでいいのだろうかとも思ったんです。今の彼と流されるまま結婚して子供を産んで、それはそれで幸せになれるかもしれないけれど、本当にすきなひとに想いを伝えないままそうなっては、私はたぶんあんな目で心の底から愛おしく子供を見守ることができない、その資格がないと思ったのです。家族を愛することはきっと容易いことです。でも、婚約者の彼の他に気持ちの断ちきれていない私を、自分が認めたくない。
本当はこの気持ちはずっと昔に私の心の中で押し殺したはずの気持ちです。子供だった私をあなたは認めてくれないと思いました。でもそれは口にしない限りどこまでいっても私の言いわけにしかすぎないのです。

だから、アヴドゥルさん、わたし玉砕覚悟でエジプトに向かいます。まだけりをつけていないので、全て終わらせてから。
手紙が先か私が先かはわかりませんが、どうか切るならばっさりとお願いします。どうか。
わたしはいまとても晴れやかな気持ちです。

  名前

※ ※ ※

読み終えて微笑み、わたしは手紙を書棚の端にしまいこもうと手を伸ばした。長らく埃のたまったここなら、目につきはしないだろう。

「そっ、それ!」
振り向けば名前が顔を真っ赤にして書斎の入口に突っ立っていた。つかつかと私に歩み寄り、手の中の手紙を奪おうとする。
「捨ててくださいって言ったじゃないですか、もう!」
私にすがるように伸ばす手も短く、手紙には届かない。じたばたと子どものようにしている彼女を見て、これ以上ない愛おしさを感じて、そのまま腕の中に包んだ。

恥ずかしいのはお互い様だ。こんな子どものような、それでいて立派な女性に振り回されている、わたしもまた。


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