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シンメトリー未遂

空条承太郎は屋上にいた。
屋上に出る階段上の給水塔。学校でいちばん高いその場所は、何度も鍵を壊されたせいですっかり立ち入り禁止の意義を失っている。そなえつけられたハシゴに手をかけて昇る。がらんどうの金属が小気味よく音を立てた。昇りきり、地に足をつけてスカートの埃をはらう。給水塔に上体を預けて男は静かに眠っていた。
眼下には転落防止用のフェンスと、その向こうに沈みかけた陽が照っている。細ばむ目で見つめていると、あれよりもずっと高いところに二人して居ることが妙に感じられた。いくら陽が沈もうとも、遠く空の上にあるはずの太陽が自分たちよりも低いところにあるように感じるだなんて。
橙にきれいに染まりつつあるいつもの街並みを見て、同じく色染めされている空条承太郎に目を移す。
彼の脇に屈みこんで顔を覗いてみても、深い眠りに落ちているのか一向に目を覚まさない。俯き加減になっている顔に帽子の影が落ちているのを見、それによってさらに強調された整った顔立ちにため息がでた。
少年と呼ぶのさえ躊躇われるような、くっきりと浮かびあがった鼻筋、瞼、唇をじっと見る。何回も顔を突き合わせて見馴れたものだと思っていたのに、いま初めてゆっくりと観察して、彼の表情を左右するパーツが左右対称でないのに気付いた。睫毛は右目の方がすこし多いし、一文字に結ばれた口は左にほんの少し寄っている。眉も左の方がややなだらかに見える。整い過ぎているせいで勝手にそう錯覚していただけのようだ。そういった均整が微妙にとれていないことで、逆にバランス良く感じるのかもしれない。
そういえばいつだったか、『左右対称の動物は絶滅する』と何かで聞いたきがする。それを聞いたときには生物なんだから完全には左右対称でないだろうし、いつかはどんな生物も絶滅するだろうと鼻で笑った覚えがある。
もしも彼が人形のようにきれいな顔をしていたら。あるいは彼が自分の欠点たりえない欠点を自覚したら。空条承太郎は滅亡するのだろうか。

幻想的な夕陽のせいか、目の前の美人のせいか、それともはたまた疲れているのか。

「おーい、空条承太郎」

気を取り直して、男の耳元で名前を呼ぶ。呼びかけには何の返答もなく、ただ規則的な寝息が耳に届くだけだ。厚い胸板がさっきよりも大きく上下に揺れていた。本来なら無防備といってもいいだろう、寝顔にさらに近づく。
垂れる髪を押さえて、彼をくすぐらないように善処する。鼻先が触れるか触れないかくらいの距離。薄く開いた唇から吐息がもれてきて、私の震える口元をなぜていった。緊張しているわけでも、恥ずかしながら興奮しているわけでもない。なのにどうしても、震えをおさえこめない。
ぎゅっと目を閉じて決心し、私は空条くんの瞼の上に静かに静かに、キスを落とした。

「焦らすんじゃあねえ」

支えにしていた腕をひかれたせいで体が傾いた。前かがみになっていて元からバランスの悪かったために、難なく空条くんの上にかぶさる形になる。予期していたことではあったけど、それでもびっくりして反射的に目を瞑ってしまった。
外気によってまるっきり冷え切った男の、少しかさついた唇が押さえつけられる。身をよじろうとしてはじめて、腰に手が回っているのに気付いた。

「狸寝入り、して のが、わるい」

倒れ込んだせいで無理な姿勢になっていて苦しい、のにひどく気持ちよくて溺れてしまいそうだ。与えられる快い刺激に呑まれないよう、必死に息継ぎをしながらやっとのことで目を開けた。揺らぎのない深緑の双眸とかち合う。できることなら『趣味も悪いぜ』とどや顔で言ってやりたかったのに、そんな余裕も軽く吹き飛ばされていってしまった。
割り込んでいた舌が歯列をなぞり、離れ際に唇を舐めとっていく。
当初予定していた進行と全く違う。計画では寝た振りを甲斐甲斐しくも続けている空条くんを翻弄する、つもりだったのに。
空条くんは私の両脇を抱えて立ち上がり、ほとんど腰砕けになった私を無理矢理立たせた。どれだけ力があるんですか。その体勢で人間一人持ち上げるって結構キツイですよ。

「いつからだ」
「え?」
「いつから判ってた?」

訊かれている意味をはかりかねて、わずかな間が開いた。ややあってそれが『いつから俺が起きていると判っていたのか』という意味だと解して、ああ、と声が漏れた。

「近づいたとき空条くんの口角がニヤって上がったから…?」
「嘘吐け」

余程自分の寝た振りに自信があったのか、私がうろたえさせようと吐いた小さなウソはあっという間に一蹴された。
でも狸寝入りとは判りつつ、敵の罠に飛び込もうとした姿勢くらいは認めてくれたっていいのではないだろうか。

「今日は私の勝ち、で!」

対抗心から心持ち大きな声で宣言する。案の定、空条くんは何がだとでも言いたげに懐から煙草を取り出す。男の顔が全く悔しそうでなかったどころか、意にも介していないようだったので。釈迦の手の上で転がされた孫悟空の気持ちがいまならよくわかる。こっちの方が逆に悔しくて悔しくて、奥歯をぎりり、と噛みしめた。

「空条承太郎ッ! 覚悟!」
「……ぐッ」

およそ予想していなかっただろう、最後の力を振り絞った体当たりに空条くんがほんの一瞬怯んだ。しかしすぐに体勢をとりもどし、なにがなんだかわからないといった様子でこちらを見つめている。タックルをかますと同時に彼の制服、ポケットに手をしのばせていた私は、なんなく彼の生徒手帳を手中に収めた。

「帰ったら空条くんでアシンメトリーの美を再認識する」

まるで勝者の証のように生徒手帳を頭上に掲げる私を、未だ見つめる男は『またこの女、馬鹿なことを言いだした』とでも思っているのだろうか。
いまにみてろ。家に着いたらその整った顔写真の中央、鼻筋に鏡を置いて大爆笑してやる。ひょっとしたらもっと凛々しくなる可能性もあったし、いびつになった男の姿を拝めるかもしれなかった。そのどちらにおいても証拠写真を撮って、明日花京院やホリィさんに見せたっていい。


決行は明日。

はたして空条承太郎は絶滅するか否か。


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