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トクベツ普通の子

「普通って何なんだろうねえ…」
「なんだい、それ。哲学?」

どういうわけか突然僕の元へ遊びにきた名前はすぐそこのコンビニで買ってきたというビールや焼酎を携えていた。平日の夜だし僕にも仕事があったからできるなら遠慮したくはあったけど、何があってもいつもにこやかに笑っている彼女がすでに出来あがった状態で来ては何事かと疑問を持つのも当然だった。半ば苦笑しながら名前を部屋に迎えると、いつのまにか二人で座卓を囲んで酒をあおることになっていた。

「空条くん、わたしのこと『普通』って形容したんだよ。なんなの普通って、彼女のこと説明する言葉じゃないよねえ」

名前と承太郎は付き合っている。僕から見れば二人の仲は上手くいっているものだと思っていたから、名前の口からこういった愚痴を聞くのは驚きだったし初めてのことだった。自分を表現する必要性をそれほど重要視していない承太郎だが、承太郎の隣に居る彼女はいつも楽しそうにしていたし意思疎通はとれているものだろうと。

「そこは『普通』でなくて『特別』でしょうがーッ!」

と言って飲みほした缶ビールを頭上高く掲げ、投げようと――したのをそろそろとテーブルの上に戻した。僕がからからと笑うと名前は口をとがらせた。

「そういうことは本人に言うべきなんじゃないのかい?」
「うん、そうなんだけど」

顔には出さないだろうけど、結構喜ぶと思うんだけどなあ。なんだかんだとこの人たちは夫婦みたいにお互いのことを理解し合っているくせに、近しい所にいるせいで却ってまどろっこしい事態に陥ってしまうことが多い気がする。それなら手っ取り早く言葉に示した方が早いのではないだろうか。

「でもあの人、こういう恋愛沙汰の愚痴聞くの好きじゃないらしいんだよね。どうして言ってくれないの、いつでも私を優先してよ、とか。まあ、必要以上に女の人にモテてきたのを考えるとうんざりするのも仕方ないんだろうけど」

名前の言うことなら許してくれそうだとも思ったが、『あの人』というフレーズが本当に夫婦間の呼び名みたいに聞こえてちょっと笑えた。ひょっとすると僕は壮大な惚気話に耳を傾けてしまったのかもしれない。

「その『普通』ってのは直接言われたのかい」
「ううん。他の人たちと話題にのぼってる所に偶然通りかかった」
(ああ、成程ね)

僕は『普通』の意味するところがなんとなくわかって息をついた。ちょっとした男の独占欲というやつが承太郎にもあったのかと思うとなんだか気恥かしい気もして顔を逸らしたくもなった。

「ま、いいや。話したらスッキリした。花京院! 遠慮せずいっぱい飲んで!」

さっぱりとした名前の一言をきっかけにその話題は終了。その後はお互いの仕事の近況や懐かしい仲間たちの話を交わし、彼女が酔いつぶれて眠ってしまうまで騒いだ。
僕も自然と欠伸が出たので時計を見る。もうとっくに日付は変わっていた。
と、聞こえ慣れない着信音にぼんやりしかけていた頭が覚醒する。音の発信源を探してテーブルの下を覗くと、名前の膝そばに携帯電話がチラチラとライトを点滅させていた。手繰り寄せて画面表示をみると、思った通りの人物名が浮かび上がっていたので、わるいとは思いつつ電話をとった。

「もしもし」
『…花京院か。名前は?』
「名前なら僕の隣で寝てるけど」

からかい程度に軽く言えば、電話向こうの友人が呆れたように返してくれるものだと思っていた。しかしすぐに聞こえてきたのは応答ではなく電話の切れたツーツーと寂しいもの。
友人の口癖を借りるなら、やれやれだ と言ったところか。
潰れた名前を絨毯の上に横たわらせてブランケットをかける。残った酒とつまみを一人で咀嚼していると、しばらくして玄関の呼び出し音が鳴った。

「てめえ」
「なんだい承太郎」
「少し会わねえうちに性格が悪くなったんじゃあねえのか」

出迎えると、ぶすりとして感情を隠す気のない承太郎がおかしくて笑ってしまう。酒がまわっているせいもあるのだろうけど、この人たちといると本当に笑いが止まらなくなりそうだ。承太郎は「邪魔するぜ」とだけ言って僕の脇を通り居間へ進んでいく。名前を見つけて溜息をつくと、そのまま連れ帰るものかと思いきや名前の横に座り込んだ。

「久しぶりに会ったんだ、俺にも付き合え」

そう言って残っていた焼酎の瓶を振って承太郎が笑った。
承太郎のいうとおり、久しぶりの友人の誘いを無下に断る理由もない。彼の向かいに座っていつぶりかの乾杯をした。

「承太郎」
「なんだ」
「君にとって名前はどんな子だい?」
「『普通』、だな」

そう言って承太郎は眠る名前の頬をつまんでみせた。その横顔に幸せに満ちたものを感じて僕まで微笑んでしまう。寝ている彼女が頬を歪められて小さく呻いた。


ああ、名前。やっぱり壮大な惚気話じゃあないか。
承太郎の言う『普通』は君に言わせる『特別』という意味らしいよ。

「もう君ら早く結婚しなよ」


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