舌足る嘘
日が最も高く昇る時分を過ぎたころ。
名前は自室のソファに腰掛けて古めかしい本のページを繰っている。読み終えてしまうのも勿体ないほど、ゆっくりと文字を追っていると、ソファの背もたれが僅かに軋んだ。
「今日が何の日か知ってるか? 名前」
「4月1日だっけ」
壁に掛けられたカレンダーを見、躊躇いもなく返答をした彼女に、ジョセフはさもつまらなさそうに唇を尖らせる。
「もう正午はとっくに回ってるぜ。お前いつ嘘吐いたんだよ」
「べつに嘘を吐くのが義務付けられてるわけじゃあないんだから」
見上げればきっと「期待外れ」な表情を浮かべているであろうジョセフに、名前は可笑しそうに笑みを浮かべた。
今朝になって突然訪ねてきたかと思えばなるほど、彼は普段冗談を言わない彼女の観察にでも来ていたらしい。
全くもって暇人でもあるまいし、と思いながらも頬の緩むのを押さえきれない。
そこまでこの人は私に興味津々なのだろうかと、つけ上がってしまうのも致し方ないことのように思う。
「世の中の恋人はもっとあま〜い日を過ごしてると思うぜ」
「いつ恋人になったのよ。甘い会話がお好みならシーザーのところにでも行ってくれば?」
冗談めかして名前が言ってみせると、ソファの背の上で頬杖をついていたジョセフが大げさに身を震わせる。
「シーザーちゃんとイチャイチャしたって満たされるかッつーの!」
できないこともないのね、と言いかけたのを名前は飲みこんだ。
ジョセフが背もたれを軽く飛び越えて彼女の横に座ったのだ。軽口をたたくことはできても、こうして距離を詰められるのには未だに慣れていない。むずむずとくすぐったくなってくる。
「じゃあ、こうしようぜ」
そう言ってジョセフは人差し指を眼前に突き出してきた。
「今からお互い嘘だけで会話をするんだ」
名前は顔をしかめた。嘘を吐くのが前提なら、お互い虚言とわかりきっているのに何が面白いのか。ただの天邪鬼ごっこではないのか。
彼女の心中を自ずと察してか、チッチッとジョセフが指を振る。
「嘘しか言わないってことは、」
ジョセフは名前の耳元に唇を寄せた。
「――ほんとうのことしか言えないってことだ」
身を起こしたジョセフは何故か得意そうな顔つきになっている。いつになく気取った風の彼の様子に名前は目を丸くした。面食らった彼女とは対照的に、ジョセフは八重歯を見せている。
つまり嘘を吐く彼は誰よりも正直者なのだと、そう言いたいつもりなのだろうか。理にかなっているような、上手くほだされたような。名前は苦笑する。ジョセフが横で笑っているから。
手の中の古本が取りあげられて脇に追いやられた。
「きらーい」
くすくすと、まるで秘密を共有する子供のように、悪態には到底聞こえない言葉を吐く名前。
品やムードなどへったくれもない笑い声と共に、名前とジョセフは揃ってソファの背に深く深く体を預けていた。
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