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つめたかったよる

※7人目設定

 夜がつめたい。

 冷たさを頻繁に感じるようになったのはこの旅がはじまってからのことだ。
 旅に出るまえに抱いていた大陸の姿は、いつもあたたかなイメージだったから。実際に訪れてみればそれが単なるイメージでしかなかったことがよくわかる。広大な荒地は冷えるのだ。雪さえ降らなくとも、外の空気は私の体の芯から熱を奪っていく。
 ――いや、この荒地に来る前からずっとそうだ。どこかぽっかりと、がらんどうの空洞が隙あらば私を呑みこもうとしている。
 「さむい」というより「さみしい」がそぐう言葉かもしれない。

 今日は生き延びた。明日は命を落とすかも知れない、そんな旅。そんな過酷な日々だからこそ、生きているこの胸のあたたかみがいっそう過敏に感じられるようになっているのかもしれなかった。
 ぶるり、体が震える。これは、たぶんこの野宿で体温が奪われているだけのことだ。だいじょうぶ、だいじょうぶ…。
 言い聞かせながらも、毛布を深くかぶっても。体の震えがおさまらない。
 ミラクルズの能力、暗示を自分にかけて寒さを消してしまおうかとも考えたけれど、いつかみんなに「危険のサイン」を感じなくするのは止めるように忠告を受けたのを思い出して、やめた。たしかに、寒いのに気付かないまま静かに凍死だなんて呆気なさすぎる。まあ、それは極端な話だけれど。凍え死ぬほどの寒さではなかったけれど、どうにもその忠告が引っかかってしまって、私は仕方なくテントを抜け出した。

 ジョースターさんたちから離脱して、スピードワゴンさんとシュトロハイムさんと一緒にSPW財団キャンプを遠く離れて。次の目的地サンダーバンズの町はまだ見えない。
 地平線の向こうにも一切の明かりがないせいか、空気が澄んでいるからか、夜空がまぶしいほどに綺麗だった。それはとてもとても綺麗で、私がもう少しばかり感動しいだったら泣けていたかもしれない。
 テントの中よりずっと冷えた外気にさらされているはずなのに、すこしだけ体があたたかくなったように思えた。

「名前さん?」
 びっくりして振り返ると、スピードワゴンさんがきょとんとした様子でテントから大きな体をのぞかせていた。
「あんまり夜更かしすると風邪引いちまう」
 そう言って、スピードワゴンさんがテントから出てこようとするので、私は慌てて彼を押しとどめた。
「もう少しだけ、もうちょっと経ったら戻ります」
 だからスピードワゴンさんも戻っていてください。言うと、彼は2、3目を瞬かせたあと、何も言わずにテントに戻っていった。
 ここ数日のところ彼らには迷惑をかけっ放しだ。スタンドを扱えるのはこのメンバーでは私だけなのに、ミラクルズでは力の及ばないことが多くて、スタンド能力を持たない二人にも頼ってばかりだ。せめて夜ぐらいはしっかりと休息を取ってほしかった。
 明日は今日よりちゃんと働いて、役に立とう。
 そう心に決めて、またスピードワゴンさんに心配されないうちにテントに戻ろうと踵を返す。

「おっと、気付かれちまった」
 テントからスピードワゴンさんが毛布を片手にやって来た。私は思わずぽかんとしてしまって、さも当然とばかりにそこらの石の上に腰を落ちつけた彼の瞳を、まんじりと見つめてしまった。
「いやぁ、おれもこんな満点の星空の下で物思いに耽るってのを経験したかったんで」
 まるで言い訳みたいに。スピードワゴンさんは黒に塗り潰されたキャンバスの上の星々を笑いながら見上げた。
 たったそれだけのことなのだ。なのにどうして私は泣きそうになっているんだろう。
 けっして、わたしは感動しいでは、ないはずなのに なぁ。
 私たちを照らす光が天高い星たちだけで本当に良かったと、この時ばかりは思った。

「名前さん! こっち、ここ空いてるぜ」
 スピードワゴンさんは私の様子を知ってか知らずか、にこやかに自分の隣に上着を広げて指し示している。
「でもスピードワゴンさんの服が、」
 汚れてしまう。どうしたものかと、おろおろとしているとスピードワゴンさんは私の腕を引いて座らせた。
 ち、ちかい。
 身を少しでもよじれば互いの体がひっつきそうなほど。あまりの近さに緊張してしまって、身を離したかったけれど、一度落ち着いた位置から距離をとるのもそれはそれでスピードワゴンさんに要らない誤解を与えてしまうかもしれないし…。
 目まぐるしくパニックを起こした結果、私の体ががっちがちに硬直した。一方、真横のスピードワゴンさんは私との身体距離など意にも介していないようだ。
「そんなもん、昼間のうちにとっくに砂まみれになってんで遠慮するこたぁ…あッ、悪ぃ! そうだよな、女の子がおれの服の上に座るのはそりゃぁためらうのも仕方が…」
「いいえ! ちがいます、そうじゃあなくって!」
 手を大きく振って否定する。
 肩が揺れて、思い切り接触した。
 あつい。触れた箇所が急速に熱をもった。
「わ、わわ…! ごめんなさい、私すっごく緊張しちゃって…っ」
「なんだって緊張なんか」
「だってすごく、その……近い…」
 勢いで白状してからとてつもなく後悔する。だってこれじゃあ、スピードワゴンさんに気があるとでも言っているようなものだ。
 でも、スピードワゴンさんは私と違って大人だし、こういう時も笑って流してくれるに違いないと期待を抱いていたのも事実で。
 だけど、次の彼の反応は私の予想を斜め上にかっ飛んだ。

「す、すまねぇッ! そういうつもりじゃあ…!」
 スピードワゴンさんの大きな体が大慌てに揺れた。心なしか顔が赤に染まっているようにみえる。そんな、まさかと思いつつも私は彼の横顔から目が離せない。
 照れていてくれてる? 私に?

 すると途端に私にも、いっそう熱が回ってきて。
 現金にも彼の反応を見て、いつもの自分じゃ考えられないほどの勇気がふってわいたのだ。

「な、名前さん」
 スピードワゴンさんの膝に置かれっ放しだった毛布を取りあげて、一緒に肩からかぶった。
 本当の本当に信じられないくらいの行動力だった。

「あの、スピードワゴンさん」
 緊張はしていた。でも、不思議な充足感が私を助けてくれている。
 限りなくやさしいこのひとに。

「ありがとう…ありがとう。本当に…」
 「何に対して」言ったわけでもない。なんとなくだったけれど、これだけはどうしても伝えたいと思えた。脈絡のない感謝の台詞だったけれど、スピードワゴンさんは言葉らしい言葉は紡がずに頷いた。


 小心者でしかない私が、どうして危険な旅に出ようだなんて大それた決断を下せたのか、ほんの少し前までは疑問だった。
 けれど、いまならなんとなくその意味が理解できる。いや、ここに来てようやく自分なりの意味を見つけられたのだ。


 流れる星を見たわけではないけれど、こんなにたくさん星が見えているならその一つくらいはお願いごとを聞いてくれるだろう。

 この人がつめたい夜を過ごすとき。
 今度は私があたたかさを分け与えられますように。

企画「七人目の集い」提出


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