Index

大騒ぎ

 億泰がとても魅力的な男の子だと名前は知っている。喜怒哀楽に富んで表情筋をめいっぱい使う彼の性格が好きだ。豪快に笑ってえくぼが落ち込むのも素敵だと思っているし、子供向けアニメのちょっといい話でぼろぼろ泣いてしまう感動屋なところも男の子だからと我慢しないで、すごく素直でうらやましいと思う。

「でも私気付いたの。いままで無意識とはいえ、生意気に億泰のこと評価しちゃってたんだよね……常識の枠組みに入れてさ」
「はァ」

 仗助は当直日誌にペンを走らせながら、名前の言葉を話半分に聞いていた。名前はといえば聞き手が不真面目でもかまわないのか、そばの席をかっぱらってきて仗助の正面に居座った。

「億泰が…その、どんなにかっこよくって面白いかなんて女子のうちで理解があるのは正直…私だけだって今の立ち位置に胡坐をかいてたんだよね」
「あー…生物担当って誰先生だったっけか」
「遠藤先生。正直に言うと馬鹿だと思ってたよ。今も思ってるけど。だって仲良くなるきっかけがテスト答案の解説付き合ってくれ〜だったんだもん。参考書いくつ図書室から借りて何時間付き合ったと思う。下校ベル鳴った後も結局放っておけなくってその日に即家訪問だったからね」
「日付」
「黒板見ればいいでしょ。だから最初の印象は馬鹿だなァからはじまったわけ。仗助もそうじゃなかった?」
「そーだったかもなぁ」
「でしょ! それから他人事じゃなくなって色々目で追うようになって、いつの間にか好きになっても、やっぱり馬鹿だなァって。でもそんなところもひっくるめて全部億泰だからまるごと愛おしいんだよね」
「はァ」
「それで、今回の事件でしょ。私いままできちんと二人対等だと思ってると思ってたんだけど、どこかで億泰のこと下に見てたのかもしれないって気付いたらこう、なんか自分が情けなくなってきて…」

 ほら、また言ってることが勝手にループしはじめたぞ、と仗助は胸中でひっそりと呟いた。放課後に入って仗助が日誌を書き始めて十分ほど、名前はああでもないこうでもないと堂々巡りの自論を展開しているが、仗助にはまるきりどうでもよかった。頬づえをついて欠伸をしたいのをこらえて、せめてとっとと今日の当直日記を書きあげて提出しなければならなかった。書く内容は日記欄に辿り着く七分前から決めている。『名前さんは人の話を聞かないようです』。

 がらがら、音を立てて教室前の戸が開いた。名前と仗助の目が教室前方に移る。億泰だった。まさに救世主。仗助は机の下で小さくガッツポーズをした。

「億泰! ごめん!」

 名前は勢いよく席から立ち上がって、机と机の間をぬって億泰に駆け寄った。いきなり謝罪からはじめられ、呆けた様子の億泰はまじまじと名前の顔を見つめる。

「私これまで億泰のことどこかで馬鹿にしてた。だからずっと安心してたの…億泰の魅力をわかってるのは自分だけだって! 億泰は私だけのものだと思ってぬるま湯に甘んじてた……自分が一番馬鹿だったの。知らないうちに傷つけてたかもしれない。本当にいままで、ごめんなさい……」
「そりゃあ違うぜ。名前が気にすることねェだろ? おれは名前と付き合ってて傷ついたことなんかねぇしよ」
「うう…ごめんね億泰だいすき! 私も億泰といっしょにがんばるから!」

 名前は泣きそうに火照った顔をうつむかせた。思いもかけず得た言葉が嬉しかったのか、億泰はでれでれとしながら名前の頭をぽんぽんと叩いている。仗助はなるべく馬鹿二人を視界に入れないようにして日誌を最後まで書きあげた。
 再びがらがらと、今度は教室奥の扉が開く。目をやった仗助は馴染みの友人をみとめて胸をなで下ろす。

「康一帰ろうぜ。おれ今日一人身でよ」
「何かあったの?」
「億泰の野郎が50点取ったってだけの話」


-7-
目次



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -