宇海零
「宇海の『う』ーは宇宙の『宇』ー」
彼女が持ってきた菓子に合うようにと紅茶を運んできた零が見たのは、彼の部屋で自室かと言うぐらいに寛ぎきったさちの姿だった。床に半ば寝転びながらベッドに頭をもたげ、妙なリズムに乗せて宇海零の名前を呼んでいる。本人が戻るまで暇だったのだろう、傍らには科学雑誌が無造作に放られている。楽しくなってきたのか、間奏までつけて鼻歌を歌い始めた彼女に、零は苦笑した。
「『かい』は大海原の『海』ー」
「零の『ゼロ』は何もないの『0』ー…って?」
「ブーッ、違うよ。零ははじまりの0だよ」
自信満々にバッサリと言い切った彼女に、零は「そうかな」とぼやいてコップをテーブルの上に置いた。
「零の名前ってすごいよね。宇宙も海も零もみんなみんな、はじまりを表してる名前だもん」
宇宙から星々は生まれ、地球の生命は海からはじまった。数字の0もまたそうなのだとさちは言う。プラスやマイナスの指標でもあると。誰もが目指したくなる本質だと彼女は語った。
「そういう発想はなかったな」
今日にいたるまで名前の由来などそれほど深く考えたことのなかった零はさちの横に座り込み体の前で手を組んだ。
「完璧な秀才くんは名前まで完璧なんて凡人は肩身が狭いなぁホント」
「いや、そんなことないだろ?」
何か思いついたかのように口の端を持ち上げる。
「名前がかわいい名前は実物もかわいいからさ」
「お口がお上手ですことー」
そう言いながらも照れを隠そうと身をすくめる様子を見て零は愛おしい気持ちでいっぱいになる。
勉強やスポーツ、大抵の事はソツなくこなす自分はその能力を褒められることも多かったが、さちのもたらす称賛はそれらとはまた違った切り口であって、零を特別に思ってくれているのだとこの上なく感じさせてくれる。
「ね、しってた?」
「なになに?」
一層嬉しそうに顔を綻ばせながら彼女の方へ乗りだす零。
「零の瞳ってね、こうして見つめてるとコスモが広がってるようにも見えるし、深海の沈むような感じともよく似てるの―…」
そうしてしばし見つめあう。
ぶっ。
「なんだそれっ」
「あはは、やっぱり?」
さちと零の間にどちらからともなく笑いが起こる。二人とも恥ずかしさと可笑しさの混じった感情に顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
―半ば本気で言ったのだとはもう言うまい。それでも今は楽しい。
さちはそう心の中で冷静にひとりごちながら、一方ではこの場の狂気的に可笑しい雰囲気に呑まれ、肺の酸素が枯渇するまで笑い続けた
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