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工藤涯

工藤くんにはテリトリーがある。見えない壁と言ってもいい。意識的にも無意識上でも人を寄せ付けないように振る舞っている節がある。
それは多少なりとも仲が良くなった(と思っている)私も例外ではなく。

「…あんまり近づくな」

手元の本を覗きこもうと彼の肩口から乗り出したところで、不機嫌な声がかけられた。
平常なら淡々とした話し口の工藤くんの言葉にも気遣いが含まれているのに、今日に限ってその声が冷たいものだったので少し身がすくんでしまう。

「ごめん」

やっとそれだけ言って、私はすごすごと元の位置の壁に寄りかかった。
古いアパートの香りがする。決して嫌な匂いではないけれど、ずっと天井を見つめるのにも飽きた。そうそう嗅ぐことのない香りをまとうのにも、飽きた。
そもそも今日、家に来るかと誘ったのは工藤くんの方じゃなかっただろうか。そりゃ、部屋に入った瞬間は家に招いてくれるくらい信頼されてるんだ、とか正直言えばボロボロすぎて人が住むような借家じゃないのにずっと住み続けてる工藤くんに感心したり、物がほとんどない広い部屋が新鮮で楽しかったけど…
なんなんだこの仕打ちは。
誘っておいて何かするわけでもなく、適当にくつろげよと言わんばかりに工藤くんは読書にいそしんでいる。
そして、この状況が退屈ながらも、退屈なりに享受できている自分がいやだ。
工藤くんは何がしたいんだろう。私に何を求めているんだろう。

ぽん、とふと浮かんだ言葉を口にする。

「囲っておきたいの?」

「…はぁ?」

眉をひそめて振り返った彼を見て、私は心の中で(つかまえた!)と小さくガッツポーズする。

「工藤くんて、独りでいたいって言ってるわりに私といるよね。なんで?」
「なんでって…」
「本当は孤独が寂しいって分かってるからだよね」

静かに息をのむ音。

「そのくせして他人に依存するのが怖いから、中途半端に突き放すんだ」
「さち」
「でも捕まえておきたいんだよね」
「おいさちどうした」
「ずるいよ、そんなのずるいよ」

部屋の蒸し暑さのせいだろうか。
喉がカラカラで上手く言えない。
上手く続きが言えないから、私は工藤くんのテリトリーに突っ込んだ。
うつむいたままにダイブしたから、振り仰げば見える顔がどんな表情をしているかなんて分からない。
「…閉じ込めるなら完璧に閉じ込めといてください」
そうしてくれたほうが、いっそうれしい。
目の前のシャツを握り締める手が自然と強くなり、体が強張る。
工藤くんは何かを察したのか、ゆっくりと私の背中に手をまわした。


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