工藤涯
工藤涯という人はむやみやたらに怒らないのです。
彼と付き合うようになってから一年ちょっと経ちますが、涯くんの怒った顔はそうそう拝めたためしがありません。一年程度ではそんなものかな、とも思うけれど、ここ最近といったら目を合わせるだけで不機嫌そうにこちらを睨んで、ぷいっとそっぽを向いてしまうので、彼はひょっとして私のことを大して好きではなくなったのかもしれません。そんな態度をするのならいっそ激昂でもして突き放せば楽なはなしだというのに、やさしい涯くんはそんなこともしてくれないのです。おかげで私は宙ぶらりんで、それでもなおキッパリと切られない以上、涯くんの側に居座っています。
人間の遺伝子とはけったいなもので、どんな恋も二、三年しないうちに冷めてしまうものなのだそうだ。涯くんはちゃんと遺伝子の通りに生き、私はまだそこから抜け出せていない、そういう違いなのかもしれない。
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