「はぁ…恐かった」

「ククッ…」


遠ざかる二人の背中を見、名前が胸を撫で下ろしていると、高杉はその後ろで喉の奥を鳴らし笑った。


「何笑ってんの!あそこで高杉くんが出てくるから――…って、ごめん…それは違うね」

「あァ?」


キッ、と、彼を睨み付けた名前だったが、夜中の事を考え、声を抑えながら謝る。
高杉はそんな彼女に眉をピクリと上げた。



「高杉くんには、お礼言わなきゃなのに…」

「フン……礼を受ける程のモンじゃねーよ」

「ううん。高杉くんのお陰で、あの後ちゃんと眠れたんだもん」

「……………」


高杉は鼻で笑っているが、名前自らも感じた久し振りの朝の清々しさ。

それは紛れもなく彼のお陰であり―――…



胸の奥には心地好い痛みが走り、名前は彼と目は合わさず、小さく口を開く。




「ありがとう」




「……………」


「……………」


「……………」


「…?あ、あれ…高杉くん?」


中々返ってこない高杉の声。名前が其方に振り返り見ると、彼は壁に寄りかかったまま眠っていた。


「……………」

「…ね、寝て、る?」


二人になり、静かになったせいか、その肩が規則正しく動いている。


「おーい…」

「……………」


「………また誰か来たらややこしくなるから閉めよ」


顔の前で手を振ってみるが、反応は無い。
名前は緩く口角を上げ、先程から開けっ放しにしていたドアを静かに閉めた。


「、」

「あ、ごめん、起こしちゃった」

「いや……」

「眠い?朝ご飯そろそろだと思うけど」

「眠ィ…」


瞼が重いのか、眉間に皺を寄せ、何時もに増して目つきが鋭い高杉。
名前の問いにぼそりと答えると、ドアに手を掛ける。


「いいの?ご飯」

「あァ……寝てくる」



(ガチャ…)



「あ、待って」

「?」


ドアを開け、部屋を出ようとした高杉を、名前は声を掛け引き止めた。


「あの―…」


(〜♪)


「……………」

「……………」


(〜♪)


タイミング悪く部屋の奥で携帯の音楽が鳴り、妙な空気が流れる。

名前はベッドの上の携帯を手に取り止めると、それを持ったまま高杉の前に戻った。


「いいのか?」

「アラームだから大丈夫」

「……………」

「どうしたの?」


「…待っとけ」


名前の手にある携帯をじっと見た後、高杉は彼女に言うと、部屋を出て行く。



「どうしたんだろ?」




**






「貸せ」

「え?あ、」


高杉が自室から戻ってくると、名前の携帯を取り、それを開いた。


「あの〜、高杉くん?」

「…………」


そして自らの携帯と名前の携帯を、淡々と素早く弄り、ほんの僅かな作業を終えると、携帯を彼女に返す。


「?……こ、これ…」

「寝る」


「あ、え、お、ちょっと待っ…」

(ガチャ…バタン…)

「って………」



名前が画面を見、目を見開いていると、高杉は早々と自室へ行ってしまった。
名前の片言な呼び止めは、綺麗にドアの音に被る。



「どういう意味…?」




一人になった名前は、ドアから携帯へと視線を戻した。




其処には、赤外線通信し、保存された彼の電話番号とメールアドレスが―――…



「……………」


相変わらず意図の掴めない彼の行動。
だが、自らの手にある携帯の画面に何故か心が軽くなっていた名前。






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