「もう終わりなんだね」

小さく呟かれた声に、気づかれないように拳を握って笑った。

「…また、何処かで」

そう言って背中を向けた。また何処かでなんて、それはよく聞く社交辞令事だと分かっている。しかし、そう言わないと離れられない気がしていた。その言葉で、安心を得ていたのかもしれない。また、何処かで。今はそう信じてやまない。その顔を、声を、温度を、また自分自身のそれらで感じることができるように。
同じようにその場を離れようとする足音を背中越しに聞く。擦れる小さな砂の音に鼓膜を震わせながら寂しいような、安堵したような、交錯する矛盾した想いを胸に目を閉じた。



***



「…朝か」

巣山は普段と同じように自室のベッド上で目を覚ました。最近はいつも同じ光景が夢に浮かんでくる。まるで霧の中にいるかのような視界の中で繰り返される、一連のやり取り。足裏に擦れる小さな砂の音や、自身の呼吸の音は覚えているのに、肝心な相手の顔と声は目覚めると同時にその霧の中へと沈んでいった。

「…誰なんだよ」

何も覚えていない。思い出そうとする度に、それとは違うパーツが失われていく気さえする。
しかし目覚める度に胸を震わせるその人へ、気がつけば想いを馳せていた。

「入学式でしょ。遅れるよ」

ガチャリと音をたてたドアを見やれば、まだ寝巻きの母親の姿。水の音は洗面所にいる父親だろう。もうそんな時間か。春休みだからと言って、腑抜けているのは性に合わない。巣山はもそりと起き上がりベッドから降りた。

「…わーってる」
「お弁当は」
「午前で終わんだろ。いい」
「あんたの分はいいけど、午後から仕事だしお母さんとお父さんの、作ってよ」
「…昨日の残りな」
「やった」

黒髪を束ねながら揚々と下階へ向かう母親に小さく溜め息を吐きながら、白いパーカーを取り出して着替えるために寝巻きに使っているTシャツを脱いだ。



***



阿部と二人で懸命に整備をした。内野作りながら、誰と二遊間組めるんだろうってわくわくしながら、何度も何度もトンボで慣らした。

そう楽しそうに教えてくれた彼は、同じクラスの栄口だった。短い茶髪を触りながら、まだ幼さの残る笑い方をした。
その笑顔がなぜかひどく心地よくて。人懐っこい笑顔だからかな、なんて巣山は考えていた。

「栄口ー」
「あ、阿部が呼んでる」

彼が背中を向けた。砂の音が聞こえる。

「っ」
「…す、やま?」

咄嗟に掴んでしまった右手。声が、瞳が、温度が、全てが自身を支配する。

「…栄口」
「っ」
「ワケわかんないかもしんないけど、俺だってワケわかんないけど、それでもさ、やっぱり」

前世で、会ったことあるんじゃないかって。

栄口は目を大きく見開き、突拍子もないことを告げた巣山を真っ直ぐに見つめる。

「もう…終わり、なんだね」

何度も何度も聞いた言葉に、今度は巣山が驚き栄口を見つめる。鮮明に甦る光景。霧が晴れていく。

「…また」

また、何処かでなんてありきたりな台詞は聞きあきた。

「また、ここから」

とりあえずは再び巡り逢えた運命を信じて、ここから始めていく。夢の中では背中合わせだった。でもこれからは、目と目を合わせてまっすぐに。



***
匿名様より頂きましたリクエスト「転生してめぐりあう巣栄」でした。
転生ネタ書いたことないような気がしました。楽しかったです。

遅れてしまいまして大変申し訳ありません。匿名様、この度はリクエスト本当にありがとうございました。これからも宜しくお願いいたします。


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