嘘は嘘であって、エイプリルフールに吐いた嘘が本当になるとか、そういう七夕みたいなイベントではなくて。
「栄口、おはよ」
何とも思っていなかったんだ。同級生でチームメイトで、それだけだった。それだけだった、のに。
「おはよ」
意識をしてしまう自分に大きな戸惑いを覚える。最近ちゃんと目を見られていない気がする。気にしていないかな。巣山、結構敏感だからな。
エイプリルフールに、付き合うことになったって嘘を吐いた。嘘だった。だった、のに。
「本当に、なりそうで」
怖い。気づいていなかっただけなんだ、多分。
「どうかしたのか?」
「…何でもない、よ」
巣山はきっと何も気にしていないから、もうこのままでいい。友達のままで、それで。
***
「何でもない、よ」
何でもないと言いながらも、前の栄口の笑顔とは違う。笑っているけど心からの笑顔ではない気がする。ずっと一緒にいたから分かる。
「そっか」
ただ、何でもないと彼が言うのであれば無理に何かを言う必要はないと思っている。傍で、支えてやれればと。
きっと、エイプリルフールから栄口は変なのだ。示し合わせてすぐにばれる冗談を思い付いた。それなのに皆本気にして、今もちょくちょく話題を挟んでくる。自分でまいた種とは言えど、この状況を打破したいと考える。
あれ以来栄口がおかしいのと同じように、俺はあいつへの気持ちに気づいてしまった。気づかなければうまくやっていけたのかな。でも、チームメイトだし二遊間だし、そもそもクラスメイトだし。気まずくなりたくない。
でも、栄口が好きだ。
***
「…うーん」
「どうした君島」
「どうしたって、さ。なあ工藤」
エイプリルフールに言われた言葉を俺達は信じてしまった。野球部が付き合ってるって言われても違和感なんか一つもない。むしろ、お互いに好きだってのがだだ漏れなのに、なんで進展がないのか。だから俺達はのっかってしまった。そしたら、まさかの互いに自覚が無かったことが判明した。嘘だろ、あいつら。
「どうすんよ」
「ああ、野球部?」
「うん」
互いに自覚してから、二人はギクシャクするようになった。ばれないように、とか自分も気にしないように、とかそんなこと考えてんだろうな。お互い。
「見守るしか、俺らにはできないんじゃないか」
「…だよなあ」
どうか二人が、離れてしまわないように。
俺はそんなことを小さく祈った。
***
「栄口」
名前を呼ばれて、一瞬だけ戸惑う。この間まではぱっと振り向けていたのに、たった一瞬がもどかしい。嬉しいのと、申し訳ないのと、寂しいのと、色々交錯して生まれる一瞬の時間。気づいてない振りをして、振り向いた。
「何?巣山」
問うと、巣山は笑って「古典の課題教えてほしいんだけど」と言った。快諾し、ノートを開く。
「この文ってさ、誰の台詞なの」
「ほら、ここ尊敬の語つかってるでしょ」
「あ」
「だからここは、翁から帝に宛てた言葉なの」
「なーるほど」
納得したように、巣山は尊敬を表す語に線を引いた。
「栄口、あのさ」
「うん」
「俺お前のこと尊敬してる」
「ん、ええ?」
「クラスでは皆と仲良しで、部活ではしっかり副主将で、家ではちゃんと兄ちゃんやってるし」
お前は、すごいな
頭を撫でられて泣きそうになった。そんな風に俺を見ていたなんて知らなかった。ちゃんと、見ててくれたんだ。色んなとこで。
「、巣山」
ありがとう。
そう告げたら巣山は真剣な顔をして口を開いた。
「好きだ」
泣かなかった。泣けなかった。でも、ゆっくりとその言葉を飲み込んでから真っ直ぐ巣山を見つめて、告げる。
「俺も、巣山が好き」
***
言うつもりは無かったんだ。だけど言ってしまって。それに栄口も返してくれて。後から聞けば彼もエイプリルフールで気持ちに気づいたらしい。結局、俺もあいつもクラスの皆の予想通りだったわけで。情けないから直接とはいかないけど、心でそっと感謝した。
「こういうのも、ありかな」
「ありだろ、実際俺達」
「…だね」
二人で顔を見合わせて、笑い合った。
エイプリルフールの嘘から始まる恋。これはこれで、ありなんでないかと。
***
匿名様よりリクエスト「エイプリルフールネタ続編」でした。様々な視点から、ということでこんな感じに書かせていただきました。
一組が大好きとのことで、本当に嬉しいです。ありがとうございます!
二人で悶々な巣栄がすごく好きです。
リクエストありがとうございました!!
目次へ