「勇人様」
「はい」
「また、文が届いておりますよ」
「、」
「本日は、鈴蘭の花を添えて」

乳母のお菊から文と花を受け取る。達筆な文字で書かれた文章には句が記されていた。

「この花に 貴方の姿を 映しても」

優しい言葉に、胸がぎゅっと掴まれた。

「いつも…どなたでございますか?このようにお送りくださるのは」
「…お菊には言えません」「まあ。乳母の私めにもお言いになられないなんて。私達女の間では、あちらのお邸の姫からでは、との噂が流れておいでですよ」
「!?そ、そんなことないです!」
「でも、とても素敵なお方なんでございましょうね」

父が偉い地位に立っているため、この時代で困らない生活をしている私。それでも、会いたい人に会えない現実はいつもつきまとう。好き勝手出歩けなく、好きな人と堂々と恋もできず。それでも、それでも毎日が幸せだった。


***


最近会ってはいなくとも、届く文に温もりを感じる。しかし今朝は来なかった。仕事が忙しいのだと諦めていたら、女官が襖の向こうで声をかけてきた。

「勇人様」
「?」
「花井様のお付きの方がおいでですが、お通ししてもよろしいでしょうか」
「は、はい…通してください」
「かしこまりました」

女官が襖の向こうからいなくなるのを確認した後、鏡を引き出しから取り出して自分の姿を確認する。この鏡は、“あの人”が買ってくれたものだ。いつも、大切な時には自分の身なりを確認している。つまり今は、その大切な時。

あいつも、言ってくれたらば良かったのに。


***


「こんにちは」
「、」

声がして、襖が開く。ああ、何か姿を見るのは久しぶりかもしれない。

「本日も良い天気ですね」「っ巣山」
「お久しぶりです、勇人様」

入ってきた男に、俺はそっとほほ笑んだ。

「まだ家には来られそうにないの?」
「そうなんですよね。なかなか移る…きっかけもないですし」
「そっか」

巣山は、家と親交の深い花井家のお付きの武芸者だ。頭脳もしっかりしていて、様々な家同士のやりくりなども任されているすごい男。

「文章を書くのが苦手な私が毎日文を送っているのに、足りないんですか?」

巣山は維持の悪そうな笑顔を浮かべた。私はうっと怯みそうになったけどこらえる。いつまでも巣山になめられてはいられないから。

「そんなことは、ないけど」
「あ、じゃあ明日からはやめますね。毎日届けに参る者にも申し訳ないので」
「そ、それはいいよ!…ごめん、嘘。送り続けてよ…」

寂しい、じゃんか

そう伝えると、巣山は召し物の袖で顔を覆ってしゃがみこんだ。

「勇人殿は、ずるいよな」
不意に敬語が消えた。これは二人だけの秘密。
好きで好きで仕方ないのに、こういう時まで二人の立場を示すような敬語を私は嫌がった。絶対に嫌だった。

「…なんで」
「たまに拗ねたり、可愛げのないことを言ったりするのに…不意に素直になるから耐えられない」
「え」
「そんな勇人殿も、好きだけど」

そっと唇を重ねられる。温かい、久しぶりの感覚だった。

「…巣山」
「?」
「明日からは…私も文を、書こうかな」
「嬉しい、けど…誰に届けてもらうんだよ。私に届けろなんて…この関係漏れたら」
「…俺が持っていて、こうして会えた時に全部渡す」

いつも傍にいたいけれど、家の都合でいられず、もはやこの関係は誰にも言えはしまい。右大臣の息子である私と、他家の家臣である巣山の恋愛。

本当は堂々と言いたいのに。周りには、様々な世間話をしていると話している。私は文学に、巣山は様々な知識に長けていたため、会話は楽しかった。父も私の知識を蓄えるために、とたまに巣山を呼んでくれている。しかし、それが限界だ。ばれたらきっと…巣山は…

「それは、また来るのが楽しみになるな」
「毎日毎日…巣山の文、全部とっておいてある」
「それは嬉しいけど恥ずかしいな」
「この日は、巣山が何を考えていたのかなとか。そういうこと考えてるよ、毎日」

だから、巣山も同じ気持ち感じて欲しい。


初めて会った日、巣山が庭を歩いている姿があまりにも凛凛しかった。その時に一句詠んで届けたら気に入ってもらえた。そこから私たちの今は始まったのだけれど。

「花も、いつも押し花にして栞にしてくれているんだろ?」
「、なんで」
「この間借りた書物に挟まっていた」
「…だって、巣山が私のことを思って選んでくれた花を…そのまま枯らすなんて」
「ありがとう」
「、」
「本当に、嬉しい」

この関係はいつまでも続くんだろう。私もいつかは誰かと結婚するのであろう。でもそれでも、この人の笑顔にずっと抱きしめられていたいと思うのは、ただのわがままなんだろうか。

明日から毎日文を書こう。あなたのことを考えて、毎日を過ごそう。

きっと、また輝く優しい明日が訪れるから。



数ヵ月後、「栄口家の付き人に派遣されました、巣山です」というあの人の自己紹介を聞くことになるなんて、まだ考えてもみなかった。



END



***
お二人の匿名様より頂きましたリクエスト「巣栄で時代物パロ」でした。
恐れ入りますが、リクエストが同じ内容でしたのでご一緒に…という形にさせて頂きました。

時代物パロへの感想もいただきまして、本当にありがとうございました!
時代物好きなんですが多くの設定を考えることができずに、このような形にしてしまい申し訳ありません。
書き直しなど、ご希望ありましたらお気軽にお申し付けくださいね。

お二人様、リクエスト本当にありがとうございました!


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