「栄口」

ざわつく人混み、たくさんの声が飛び交っている中なのに。優しく耳に響く声を聞き逃さなかった。

「、巣山」
「待たせてごめんな」
「や、待ってないよ大丈夫」

振り向けば浴衣姿の坊主の男。一瞬で心臓を持っていかれた。ドキドキドキドキ鳴り止まない鼓動を抑えようとしても止まらない。

「じゃあ行くか」

そう言って微笑んだ巣山はいつもよりも格好良く見えた。暗くて良かった。

「花火何時だっけ?」
「九時からだよ」
「まだ時間あんな。出店見て回るか」
「うん!」

楽しみにしてきた夏祭り。今朝は朝練行く前の準備していたら姉ちゃんに「勇人、キモチワルイ」って言われた。そんなにニヤニヤしてたかな。
そして行く前に浴衣を着ていたら弟に「あにき、デートなんでしょ。巣山くんと」だなんて言われた。家族に隠し事なんかできないものだ。

「栄口が分かりやすすぎんだろ」
「そんなことないよ?」
「自覚無いだけじゃん?」

額にこつんと触れた巣山の指先。いつもと違う雰囲気だからか、やっぱりドキドキする。

「自覚ないのは巣山の方じゃない?」
「え?」
「…なんでもないよ」

声をかき消したざわめきの中に、俺は軽い足取りで踏み出した。


***


「ねえ巣山…好き…だよね?」
「、え」
「あれ、たこ焼き好きじゃなかったっけ」

上目遣いで言われた言葉に、ついドキッとした。
ああ、たこ焼きね。
浴衣姿だから余計、栄口が可愛く見えて仕方ない。何かほんと、重症だよな、俺。

「好きだよ」

そう伝えれば、嬉しそうにたこ焼き屋へ走っていく恋人。

本当に好きなのは…
だなんては、言えずに。

「なんかね、どうぞって言われた!!」
「たこ焼き?」
「一つって言ったんだけど、お兄さん素敵だから良いよって。一つただで貰っちゃった」
「…」
「やっぱり巣山は誰から見ても素敵なお兄さんなんだね」
「…は」

いやいや、素敵なお兄さんってのは栄口のことだろ。あの売店のオネエサンは栄口に好意を持ってたこ焼きをくれたんだと思うぞ。

「…」
「どうしたの巣山?」
「や、何でもない」

一人で悶々としている自分が情けない。栄口が素敵なのは俺が一番知っている。
それでも妬くのは、それだけ栄口が好きだからなんだろうな。


***


「花火始まるね」
「ああ」
「前に見つけた穴場行こっか!」
「だな」

色々と話しながら食べ歩いて、そして前に見つけた人が来ない穴場へ向かう。

「わ、やっぱ誰もいないね」
「だろうな、やっぱ」
「見つけられて良かったよね」
「…ああ」

くいっと袖を引っ張られてそっちを向けば座り込む巣山。

「座ろ」

低音の声で言われて、顔に熱が集まるのを感じて慌てて上を向いた。
その時ちょうど花火が上がる。

「、花火!!」

火の玉が大きな音を上げて高々と花を広げる。
俺は興奮して巣山を振り向いた。

「巣山!!綺麗だ、ねっ!?」

ぐいっと引っ張られて、そのまま巣山の腕の中。

「…今日、栄口可愛すぎる」
「かっ、可愛いなんて言われても」

バクバク鳴り止まない心臓はどんどん加速していく。どうしよう。

「…嫉妬、した。色々」
「え」

巣山の言葉に驚いて顔を見ようとしたら、ちゅ、と唇を奪われた。

「っ巣山」
「でも、こういうのできんの俺しかいないだろ?」
「…当たり前じゃん」
「はは、なら良いや」

ぎゅ、と抱き締められる。火照った体と夜の程好い気温には心地好い巣山の体温。
俺もぎゅっと返した。


***


「俺だって今日ずっとドキドキしっぱなしだよ」
「?」

二人並んで手を繋ぎながら花火を見上げる。ゆったりした時間が流れる。

「巣山の浴衣、ほんとかっこいいんだもん」

照れたように笑う恋人。さらりと褒めるからいつだってドキッとする。

「…んなことないけどな」
「浴衣似合うよね〜、渋いよね〜」
「…渋い?」

あはは、と笑う栄口。
俺はその愛しい口元に、もう一つキスをした。


***


巣山にキスされて、微笑まれた。さっき舐めたリンゴ飴の香りがふわっと鼻をくすぐる。
そして二人で笑い合った。

いつも二人でドキドキを共有する。
いつまでもなかなか甘い雰囲気に慣れない俺達だけど、幸せだからまあいっか。



END



***
匿名様よりリクエスト「花火大会の巣栄」でした。
季節外れの更新になってしまって申し訳ないです。
全力で甘々な二人っきりな一組を書けて楽しかったです。



リクエストをくださった匿名様。
今回リクエストありがとうございました。こんな時期になってしまい申し訳ありません。
素敵な設定ありがとうございます!ふわふわラブラブな一組を書けて嬉しかったです。本当にありがとうございました。
書き直し希望ございましたらお気軽にお申し付けくださいね。
これからもよろしくお願いいたします。


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