07

 上原耀司と出会ってから1週間が過ぎようとしていた。その間ずっとあいつのことが頭から離れなかったのは言うまでもない。眠れば夢に出てきておれを抱きしめたり抱いてくれたりしたが、現実はそこまで甘くない。あくまでも「友人」という枠から外れない範囲での交流を続けていて、セックスなどとは程遠い場所におれたちはいた。

 愛だのなんだのと口を滑らせたせいで役員たちからはからかわれていたが、おれの調子がおかしいことに気づくと最終的には協力してくれるような素振りまで見せ始めている。最近では上原の好みのタイプまで調べてきたとか言っていた。

 書記が自分の恋愛小説や少女漫画まで持ってきたときはさすがに断ったが。おれ以外の生徒会役員たちの言い分では、恋愛は少女漫画で学べ、らしい。あんな目のサイズが異常な人間かどうかも怪しい登場人物が恋愛をしているのなんて想像しただけで恐ろしいうえに、恋愛に興味があるのではなくおれは上原に興味があるのだ。

 精通とともに童貞を奪われたほど昔から異常なくらいモテるこのおれが、まさか右手で自分を慰める日が続こうとは誰が想像できただろう。元々性欲が強いのか右手が疲れるまで自慰を続けなければ治まらないのがつらい。

 溜め息を吐くことが多くなり事情を知らない生徒にまで心配される始末だ。

「やってられない……」
「何がですか?」
「っ……!?」

 突然聞こえた声に俯けていた顔を上げると、すぐ近くに見慣れた上原の顔があった。驚いて言葉もなく瞠目すれば、いま来たばかりらしい上原は「よっこいせ」と爺くさい声を出しながら隣に腰を下ろす。

「何か悩みですか? 愚痴とか、聞きますよ」

 五十嵐会長がよければですけど、と穏やかに微笑む上原に肩の力を抜く。ほかの奴が言えば下心が見えるだろうその言葉も、こいつの口から出たということだけで安心できるような気がした。

 悩んでいる相手がこいつだということを伝えなければ、ばれないだろうか。

 この男はおそらく鈍感だ。ファーストコンタクトで抱けといってきた相手がまさかいまのいままでずっと想い続けているだなんて想像もしていないだろう。想像できているのだとしたらきっと、こんなふうにおれの気持ちをかき乱すようなことはしない。そんな器用な男じゃないというのは、知り合って1週間経ったいまも変わらなかった。

「……好きかもしれない、相手がいるんだ」
「…………、……」
「おい、聞いてるのか」

 ぽつりと話し始めるが、上原はギシリと音をたてて固まる。まるで目の前に死体でも転がされたような顔で、何をしているんだと眉を寄せれば、我に返ったようにひとつ瞬きをしてから思考を振り払うように首を振った。

「え、あ、はい、聞いてます」

 嘘だろう、と言いたくなるのをぐっと堪え、まだ何か言いたそうな顔をしている上原の言葉の続きを待つ。自分の前髪を指で摘んだり伸ばしたりして落ち着こうとしているのか、言葉にならない声を出しては困ったように唸り始めた。こいつが何を考えているのかわからないため、こっちまで焦りが湧き上がってくる。

「なんだ、言いたいことがあるなら言え」
「……なんか、ちょっと寂しいな、って」

 上原の言葉に、今度はおれが固まった。

 寂しいとは、どういうことだ。おれが誰かを好きになってしまったことが寂しいのか? それとも想い人と結ばれたとき、ここにはもう来なくなると思っているからか?

 どちらにせよ、おれがいなくなるということでこいつが寂しいと思うのは、おれに少しでも好意を抱いていてくれているのだという証拠だ。おれはおまえのことを好きでいるんだぞ、という言葉は胸の奥にしまったまま、上原の真意を探るように見つめた。茶色の前髪のせいで目が見えないのが、じれったい。

「幸せになってほしいですけど、きっとおれから離れていってしまうから」

 自分勝手ですよね、と自嘲の笑みを零した上原に我慢ができなくなり、ネクタイを強引に引いて顔を寄せる。あまりにも勢いがあったためか、ガチッと歯が当たる鈍い音がした。くちびるが切れたのか鉄の味が広がる。

 初めて触れたくちびるは想っていたよりもやわらかく乾燥していて、その感触に胸が締め付けられた。

 ちゅ、とリップ音をたてながらくちびるが離れた。はぁ、と上原の零した吐息がくちびるに触れて震える。何が起こったのか理解できていないように硬直している上原のネクタイを放して、距離を取った。

「……悪い、」

 そのまま立ち上がって逃げるように足早に裏庭を立ち去る。うしろでは呆気にとられたような上原の気配を感じたが、振り返ることは絶対にできなかった。どうせ前髪で顔が見えていないだろうとわかっているが、それでも見れないものは見れなかった。もう当分あの場所には行けないと思いながら、短い間の痛いくらいにあたたかな記憶を思い返す。

 最後にくちびるに触れることができてよかったと、こころの片隅で喜びを覚える自分を戒めるように強く掌に爪を立てながら、滲む景色に気づかないような顔をして生徒会室に篭るため足早に校舎に入った。





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(C)siwasu 2012.03.21


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