Request.



 あぁやっと終わるのだとホッと一息ついた頃に絶望はやってくる。
 僕はそれを実感しながら目の前に佇む、先ほどまで僕を痛めつけていた少年を見上げた。手に持つ安物の棍棒はそれでも僕に大きな打撃を与えるのは容易く、徐々に奪われる生命力に体を形状化させることすら出来ず地面に泥のように広がっていく。
 それを舌打ちしながら見る少年の目に同情はない。
 むしろ侮蔑に満ちた憎悪が突き刺すように僕を見下ろしていて、三ヶ月前の楽しかった少年との思い出を過ぎらせて涙を浮かべた。
 既に形状を保っていられない僕の体を、それでも棍棒が何度も叩く。痛いと叫びたい言葉は残念ながら言葉を持たないせいで伝えることが出来なかった。

「化け物め…っ」

 少年はそう吐き捨てながら、僕の目と口にあたる窪みに棍棒を押し付ける。
 人間と共存していたモンスターが突然革命を起こしたのは三ヶ月前のことだ。最初は人間の王様がメイドのモンスターに殺された。次にお城は元来暴力的で力のあるモンスターによって制圧された。後は言わなくても分かるだろう。その出来事はようやくこの村はずれにまで伝わり、村人は共存していたモンスターを一斉に迫害するようになった。
 国のモンスターが暴れただけで何も知らない僕たちはそれでも彼らに意思を示し、自分たちは人間を襲うつもりはないと何度も説得を試みたけど、生まれた猜疑心と恐怖心はそう簡単に消えるものじゃない。
 結果、村人たちに拘束されるだけではなく奴隷のような生活を課せられて一ヶ月。あんなに仲良く笑いあっていた少年も今は鬼のような形相で僕を毎日虐めるようになった。悲しい。そんな感情だけが毎日積もって積もって、積もっていく。
 少年の名前ももう思い出せない。そういえば彼の笑顔も忘れてしまった。
 考えて、やめた。きっと思い出せたとしても辛いだけだ。
 ようやく行為が終わって僕も徐々に形状を取り戻した頃、少年は僕を棍棒で転がして小さな檻の中に入れると家の中に戻っていく。今日はこれで終わりらしい。大きく安堵しながら僕は少年を見た。けれど目が合うことはない。
 望むことなら戻りたいと願いながら、僕は今日も檻の中、半分水に沈められたその中で呼吸をする為必死に上の柵にしがみつく。
 そして窓から見上げる月を眺めながら、ゆっくり、ゆっくりと自分の中にある少年への僅かに秘められた恋慕を代わりに水の中に落として、いった。





「え、何これ」
「文化祭の出し物で作りたいんです、スライム映画…!」

 俺は貰ったシナリオを読みながらこめかみが引き攣るのを自覚していた。
 とりあえず手にあるプリントは問答無用で破かせて頂く。

「あぁっ!シナリオ…!」
「…なんだこれは?喧嘩売ってるのか」
「え、あ…」
「何でスライムがこんな不幸な目に合わなければいけないんだ」

 低い声で威圧すれば机の向こう側、映画部員はヒッと喉を詰まらせた。

「い、いや、えっと、でも、これは悲しいお話で…」
「悲しい?ただの虐待話だろう。ふざけるな」

 言って、何の話をしているのか分からないのか机の上で俺たちの話を不思議そうに聞いているそれの頭を撫でた。

「そんなふざけた虐待話を―――沢庵でやろうなんて、俺が許可するとでも思ったのか?」
「ちばー、なんのはなし?」
「大丈夫だお前は俺が守る」

 俺は沢庵を胸に抱いて愛しそうに撫でながら、再度目の前に並ぶ部員を睨みつけた。
 何故か呆れた表情を向けられて疑問を感じるが、そんな彼らに失礼とは知りつつも抑えきれない怒りのまま指を突きつける。

「大体だ!!」
「は、はいっ」

 ここに来て初めて荒げた俺の声に部員は一斉に背を伸ばして固まった。
 そうだ。100歩譲って悲しい話は許そう。5歩譲って暴力シーンもCGとか使って沢庵自身に危害が及ばないのなら(多分見た後は絶対怒ると思うが)まぁ、ギリギリ許そう。
 しかしこの話には俺にとって1歩も譲れない、許されない表現があった。

「沢庵が他の男にうつつを抜かすような話―――フィクションだとしても恋人の俺が許すと思ったのか!」
「えぇ!!」

 結局、映画部員には文化祭の出し物は沢庵と俺の日常ドキュメントで手を打ってもらった。
 周りの評価が「仕事が出来るストイックで格好いい会長」から「仕事は出来るけどスライム馬鹿な会長」に変わっていることを俺は知らない。

「ちばー」
「なんだ?」
「にちじょーってことは、ちばとたくあんのせっくす、みせるのー?」
「はっ!それはまずい…!」

 やっぱり沢庵出演映画は諦めてもらうことにした。



end.



※アンチスライムというお題を頂きましたが、やはり私には書けませんでした。ごめんな…さ…(バタリ)



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(C)siwasu 2012.03.21


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