【1】生徒会長視点



 俺には恋人がいる。とても格好良くて優しい自慢の恋人だ。学内では風紀委員も務めていてとにかく格好いい。全部が格好いい。

「何度も女みたいな溜め息つかないでください、会長。気持ち悪いです」

 今日も写真を眺めてうっとりしていると、呆れたように肩を落とした副会長が俺に冷たい視線を送ってきた。
 いつも不機嫌そうに眉を顰めているので、出会って間もない頃怒っているのか聞いたことがあるが、これが通常らしい。実際怒った所を見る機会があったが、眉を寄せたなんてレベルではなかった。怖かった。

「いや、見てみろよこれ。この表情格好良くね?」
「どう頑張って目を薄めてみてもゴリラですね。むさ苦しいです」

 きっぱりと切り捨てる副会長は、残念ながら恋人の良さが分からないようだ。いや、魅力に気付いて言い寄られても困るのだが。

「会長ってば委員長のこと本当好きだよね」

 横から会話に入ってきたのは会計だ。からかうような物言いに、俺はムッとしながらも写真を突き出して見せる。

「好きじゃなかったら告白なんてしないだろ」
「いや、まあそうなんだけど。あだ名がゴリラなんて呼ばれてる委員長のこと『格好いい』とか言ってるの、会長ぐらいだからね?」

 半眼で乾いた笑みを見せる会計も、どうやら恋人の良さを理解出来ないようだ。
 実際、俺だけが恋人の良さを知っていればいいだけの話なのだが、やはりこの格好良さを他の人と共有したいと思う気持ちもある。

「あまり言いたくないんだが……あいつは本当に格好いいだけじゃない、心もイケメンで優しいんだ。この前なんか、俺が手を握りたいと言った時、ハンカチで自分の手を包んでくれたんだぞ」
「え、それって嫌がられてるんじゃないの?」
「俺も最初はそう思って聞いたんだが、実は汗っかきな自分の手で俺の手が湿ってしまうことを考えての行動だったらしい」

 思い出して紅潮する頬を両手で押さえながら息を吐くと、副会長がうげ、という声と共に上半身を軽く仰け反らせた。

「手汗とか絶対無理ですね、無理。僕なら三秒でさよならです」
「お前の潔癖症は相変わらずだな」

 あからさまに嫌な顔をする副会長を見ているとなんだか白けてしまったので、思わず半眼を向ける。



 この時点で既に誰もが気付いていると思うが、俺の好みは体が大きくて一般的にゴリラ顔と言われるような男だ。
 俺が通っている学園内は綺麗な顔立ちの者が多いため、委員長のようなむさ苦しい顔と体格の人間は少し浮いていて敬遠されがちである。こんなに男らしくて凛々しい表情を見せる素敵なこいつをゴリラだと笑う奴らがいるなんて、何度聞かされても信じられない。
 けれど、温厚で優しい彼の人柄は皆の心をしっかりと掴んではいるのだ。
 顔は不評だけど中身は学園一のイケメンで風紀委員長に選ばれた恋人は、今も生徒の安全と秩序を守るため懸命に頑張っているのだろう。
 格好いい。
 たまらん。格好いいぞ。

「何故あいつはあんなにも格好いいのだ」
「いつも思うんだけど会長、委員長のこと格好いいしか言わないよね」
「生徒会長に推薦された割には成績が中の下みたいなので仕方ないでしょう」
「頭の中では色々思うんだけど結局まとめると格好いいって言葉に落ち着くだけだ馬鹿にすんな!」

 溜め息と共に同情するような視線を向けてくる二人に噛み付いて、俺は自分の書類をまとめると、写真立てを丁寧に拭いて机の上にそっと飾った。
 写真の中の恋人は凛々しい表情だが、机に設置されているパソコン画面の恋人は笑顔なので、思わず動きを止めてギャップを堪能してしまう。
 うむ、やはり格好いい。

「早くその報告書を風紀に持って行ってもらえませんかね」
「そのまま帰ってもいいよ、というか仕事終わってるんだったら早く帰って欲しいなぁ」

 いつまでも写真を眺めて溜め息つかれてるのうざいんだよね、と続ける会計を横目に、言われなくてもさっさと帰るわ、と心中で言い返す。
 仕事自体は思った以上に早く終わったのだが、恋人の仕事が終わりそうなタイミングで書類を持って行き、そのまま一緒に帰宅を……なんて目論んでいたので、生徒会室で時間を潰していたのだ。
 そうでなければ恋人のいない空間で無駄に時間を潰すなんて地獄、耐えられるはずがない。
 さて長居は無用だ。皆に挨拶して帰るか。
 身支度を済ませて顔を上げたが、何故か目の前で副会長が仁王立ちしていた。
 俺は驚いて肩を揺らす。

「ちなみに」
「あぁっ」
「この嘆願書は置いていってくださいね」

 何故分かった。
 報告書に紛れ込ませていた封筒は、呆気なくバレて副会長の手に渡ってしまう。

「まだ風紀入り諦めてなかったの?」

 会計の半眼を受け止めながら目を逸らして、俺は何か言いたそうな副会長から逃げるように生徒会室を飛び出した。
 何とか恋人と同じ風紀委員になれないものかと転職の嘆願を書き綴った紙は、毎回生徒会役員に見つかっては取り上げられている。
 学園の中でも名誉ある生徒会長という役職は捨てがたいが、それ以上に少しでも恋人と同じ時間を過ごしたいという純情な高校生の願いを聞き届けてくれてもいいじゃないか。
 俺がいなくてもやっていけそうなのに風紀入りを阻止する生徒会役員達に胸中でぼやきながら、俺は気持ちを切り替えて足を進めた。
 大好きな恋人に会いに行くのだ、スキップぐらいしても構わないだろう。



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(C)siwasu 2012.03.21


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