勘違いが、恋をした 「あぁぁぁぁ彼女欲しい…」 「またそれですか、仕事してください」 呆れた副会長の溜息が机に突っ伏す生徒会長、里田幸生(さとだゆきお)に向かって落ちてくる。 「大体ここ男子校なんだから彼女なんか作れる筈ないでしょ」 「あー…この際穴があれば男でもいいよ。とにかく彼女欲しい」 「最低ですね」 軽蔑の視線が俺に突き刺さる。 「なぁお前、俺のこと好きだろ?付き合わねー?」 「会長のこと、嫌いではないですが恋愛対象としてはまっぴらごめんです」 「ちぇー、素直じゃねー奴」 半眼で唇を尖らせたら「掘らせてくれるなら考えてさしあげます」と言われたので首を横に振っといた。 「ていうかさぁ、親衛隊だって俺のこと好きな癖に何で股開かねーんだよ」 そう不満気に愚痴を零せば、目を丸くさせて俺を見る会計。 「会長、知らないの?」 「何が?」 「今期の新聞部の特集」 「は?」 「抱きたい、抱かれたいランキング」 「あ?んなもんどうせ抱かれたいで俺が一位だろ」 「12位」 「え?」 「だから、会長は抱かれたいランキング12位」 「あまりにも中途半端な順位に親衛隊も流石に悩んでましたよね」 「あ、ちなみに抱きたいランキングの方は圏外だったから」 実は尊敬しているランキングではぶっちぎりの一位だったのだが調子に乗るので言わない方がいいだろう。胸中でそんなことを思っている副会長のことなど分からない俺は、口をぱくぱくと開閉させながら真っ赤な顔を生徒会メンバーに向けた。 「勿論他の生徒会メンバーは10位以内に入ってるから」 「会長だけですよ、もれてるの」 そんな追い打ちをかけられて黙っていられる筈がない。俺は、泣き叫びながら逃げた。 「うああああおああぁぁぁ!!!俺よりイケメンな奴は全員滅んじまえー!!!!!」 「あっ、会長!」 「1時間後の会議忘れないでねー!」 「ちゃんと戻ってくるよ畜生…!」 誰も追いかけに来てくれないのかよ、薄情だなおい!呑気に手を振る会計に涙ながらに返事をすれば、行ってらっしゃいと見送られた。 俺は走った。走って走って、とりあえずひと気のない所に来てからうずくまって悔し泣きした。 「くそぅあいつら…俺より顔がいいからって調子に乗りやがって…」 顔面偏差値の高い生徒会の面子を思い出して歯ぎしりが漏れる。俺だってそこそこ格好いいし男前だし会長だ。そう、何より会長だ。 だからそこそこモテる筈。だから大丈夫。そうむなしいが自分に言い聞かせながら立ち上がり辺りを見回して、気付いた。 「もしかしてここ…」 どうやら走ってる内に不良共の溜まり場の旧校舎に来ていたらしい。 え、何それ怖い。俺喧嘩とか出来ないんですけど。カツアゲとかされたら… 「あ、何かカモはっけーん」 「その身なりボンボンだよね?」 「今いくら持ってる?」 ほーらね!ほーらね!!校舎裏でオロオロしてたらやっぱり不良さん達に見つかっちゃったよ! それでも会長な俺は胸を張って応対する。 「お、俺を誰だか分かって言ってんだろうな…」 が、声はかなり震えてました…。 「あ、こいつ会長じゃね?」 「あー、なんかそういや見たことあると思ったら…」 「じゃあ金たんまり持ってそうじゃん」 ぎゃー!!逆効果でした!嘘!会長とか嘘!俺はただの平凡な生徒だから…! ジリジリと近寄ってくる不良さん達に思わず後ずさる。が、不良Aさんにあっさりと腕を取られて引っ張られてしまった。 「い、今は持ち合わせがなくてだな…」 「えー、そうなの?」 言いながら俺のブレザーを脱がせ中を漁る不良Bさんとズボンに手を突っ込んでくる不良Cさん。 「本当だ。携帯、カードキー、500円玉…ってどんだけ貧乏なんだよ」 ポケットに突っ込んであった500円玉を呆れたように見る不良Cさん。それは昨日昼食代が足りないという書記に貸した500円だ、返ってきた時に財布に入れるのが面倒でそのままポケットに直接入れていた。 「でも元々は金持ってるんだよねー」 「とりあえず全裸の写真撮っといて後から持って来てもらうとかは?」 「あ、いいねー、それ」 良くない良くない!どうやら不良さん達は諦めが悪いらしい。一人の提案に賛成した二人は、俺のシャツとズボンに手をかけてくる。 「ちょっ、待て…っ」 「ほら、会長さんだってこんな恥ずかしい現場他の人に見られたくないでしょー?ちゃんとお金持って来たらデータ消してあげるから」 言いながらパシャリ、と携帯のカメラがシャッターをきる音が聞こえてくる。その音に情けなくなった俺は、ついに涙ぐんでしまった。 「う…っく」 「え、嘘泣いちゃった?あの会長さんが?」 「気になる気になる顔見せてー」 「おっ、俺っ、痛いの怖い…」 強い力で掴まれた所が熱い。これからされるであろう暴行を想像した俺は、思わずそう涙ながらに訴えた。 「っ」 「わー…ヤバい。これはクるねぇ…」 「その気ないのに何か変な感じしてくるわー」 そう息をのみながら俺を見つめる不良さん達は、改めて俺の服に手をかけ始めた。が、さっきとは違う違和感を感じて身悶えする。 「会長さんの乳首かーわいー」 「なっ、馬鹿っ」 「大丈夫大丈夫、痛いことはしないから」 明らかに性的な意図を含んだ動きは、俺には気持ち悪いものでしかなく必死に抵抗した。 「わあぁぁぁぁぁぁ!!何でこんなガタイいい奴に興奮してんだよ…!やっ、不良B、膨らんだ股間押しつけてくんな…っ」 俺、絶体絶命。そう思いながらも、みっともなくわーわー叫びながら自棄をおこした時だった。 俺のズボンを半分まで脱がしてた不良Cさんが勢いよく吹っ飛ぶ。そしてAさん、Bさんも続くように吹っ飛んだ。 「弱い者虐め、反対…」 そして呆気に取られる俺の横から、これまたクールな不良が現れた。まさか仲間、と息をのむもそのまま新しく出て来た不良Dさんは三人をこれでもかというぐらい殴りつけている。 「南さん!違うんですこれは…っ」 「虐め、反対」 「おい早く逃げるぞ…っ」 言い訳を繰り返すも話は通じないようだ。残り二人が転がっている不良Bさんを抱え上げると、一目散に逃げ出して行った。 「大丈夫か?」 クールな不良さんはそれを見送ってから、俺の方に振り向くとテキパキとシャツとズボンを着せていく。 その間、俺の頭はずっとリーン、ゴーンと鐘が鳴り続けていた。 そう、俺はこいつに一目惚れしたのだ。 だからこいつの真っ黒な目が俺とかち合った瞬間、 「俺と付き合ってくれ」 と思わず告白していた。馬鹿か。初対面相手にそんなこと言っても引かれるだけだろう。 だがそんな俺の思いと裏腹に目の前のクールな不良Dさんは、 「分かった。まずどこ行く?」 と、オッケーの言葉だけでなく初デートの相談までしてくれた。 ふはははは、どうだ副会長!俺はクールな美人不良という彼女をゲットしたぞ!! おまけに不良の中でも強そうだから何かあったら守ってくれるし! 「だからってまぁ、生徒会室内に連れ込んでよくもそんなにベタベタ出来ますね」 「僻みは醜いぞー?副会長」 「あ、何か今凄くイラッとした」 俺のだらしない笑顔に副会長の眉間に皺がよる。 あれから不良Dこと俺の彼女こと南隆史(みなみたかふみ)は、早々に会長補佐に就任させて俺といつでも一緒にいれるように計らった。 親衛隊にも紹介して(何故か憐れむような視線を向けられたが)今の俺は最高潮に幸せだ。 「ゆきお、これじゃ書類書けない」 俺の膝の上で机に向かっていた隆史が困ったように俺を見上げる。 可愛い!なんて可愛いんだ! 「いいんだよ、お前は俺の横にいるだけで」 「会長のリコール案の書類ってどこでしたっけ?」 「あ、確かその引き出しの中に…」 副会長と会計が何だか不穏な話をしているが、隆史の声しか聞こえない俺の耳に入ってくる筈もなく。 「折角おっ、おおお、俺の彼女になったんだ、もっといちゃつこーぜ」 そう照れながら隆史の顎をすくえば。 「俺、いつゆきおの彼女になったんだ?」 え? 「いや、だって付き合ってくれって、分かったって…」 「だからあれから一緒に保健室、付き合った」 生徒会室内に流れる沈黙。我関せずと仕事を勧める書記。肩を震わせる会計と副会長。隆史を見ながら固まる俺。 「………う、…う、ぅっ………あぁぁぁぁぁぃあぐわあぁぁぁぁぁがああああああぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」 俺は、パンクした。 「あっ、会長がとうとう壊れた」 「そりゃ今世紀最大の恥ですからね」 そう冷静に俺達を見つめる副会長と会計の声を耳にしながら俺は隆史を膝から下ろして逃げた。隣の仮眠室に。 「ちょっと会長!」 「あ、鍵かけやがった!」 「近付くな話かけるな存在を認識するな!!!お前らなんか嫌いだ!だい嫌いだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 「ゆきお…」 困ったような隆史の声が聞こえて一瞬喉をつまらせるが聞こえないように耳をふさぐ。 なんてことだ。こんな恥ずかしい勘違い、特に生徒会の連中には知られたくなかった!ていうかもしかして親衛隊も知ってたのか?だからあんな視線をよこしてたのか?全員グルだ!俺を陥れる為に皆グルになってたんだ! 「あの、副会長…これはどういう…」 「あー…南くんは悪くないです、ただうちの大将がちょっと勘違いしてただけで…」 「会長は南くんに告白して、恋人同士になれたと思ってたんだよ」 「え…」 「あぁぁぁぁもう!扉の前で会話するな!聞こえてるっつの!!もういい、隆史も会長補佐はやめだ!ていうか全員出てけ!!俺を一人にしろ、…っ、お、俺にっ、俺に関わるなあぁぁぁああああ!!!」 そう叫びながら、限界だった涙がポロポロと零れる。いい年してみっともないとか笑えばいい!そうさ笑えばいいさ、俺にとって隆史は初めて出来た彼女だと思ってたんだ! 「ぐすっ、ぐすん…」 こうなったら一人惨めに一生童貞の独身野郎を貫き通していつか妖精になってやる。 そう涙をぬぐいながら決意した時だった。 バキッ 「…へ?」 軽快な木の板が割れる音と共に扉の前で座り込んでる俺の頭上から、手がはえてきた。 「…っっっ??!!?」 え、何これホラー?!と怯える俺を他所に現れた手はそのまま伸びてくると鍵の方に近づいて行く。 そしてガチャリ、という鍵の開く音と共に、ドアノブが回された。そのまま扉を引かれて、もたれていた俺は支えを失って皆の方にころんと転がる。 頭上には、険しい表情をした隆史がいた。 「…俺も、ゆきお好きだよ?」 しゃがみこんで、俺に顔を近付けると笑う隆史に俺はまた涙が滲んでくる。 「…っ、そんな慰めいらねーよ!どうせならこっぴどく、二度と彼女なんていらねーって思えるぐらい酷くふってくれ!!」 「分かった」 「…そう、分かったならもう二度と俺の前に…ってえ、え?」 だが隆史は、俺を抱え上げると何故か仮眠室の方に足を向けた。 ちょっと待て、俺をこっぴどくふるんじゃないのか! 「彼女欲しいなんて言わせないぐらい、調教してあげるね?」 そうとんでもない発言を笑顔と共に俺に向ける隆史。ん?あれ?たかふみくーん?? 「皆、ゆきおの声、聞かないでね?」 「扉を壊したのは南くんでしょう?」 「まぁ色々あったし今日の所は解散でいいんじゃない?」 「確かに。煩くて集中出来ない」 生徒会の面々はそう言いながら片付けをしていく。あれ、今日はもう仕事終わりなのか? 隆史に抱え上げられたままの俺は副会長から鍵を渡されて「では後は頑張ってください」と言い残された。 残ったのは俺と、笑顔の隆史。嫌な予感がする。 「俺、ゆきおの彼女じゃなくて、彼氏がいいな」 ぎぎぎ、とネジの壊れたオモチャのように隆史に顔を向ければ、ウットリとする表情が欲に濡れている。 男前で格好いいこの俺が、彼女の前に先に彼氏が出来るなんて、誰が思っただろうか。 叫び声が、生徒会室内に響き渡った。 後日談。 「南くんって不良の中でも有名なんですよ?」 「抱かれたいランキングは会長より上だし」 「わんこの皮をかぶった鬼畜系のギャップがたまらないそうです」 「ゆきお、離さないからね?」 「何でもっと早くに言わなかった…!」 親衛隊が憐れみの視線を向けていたのは、こういうことだったらしい。 ちなみに調教されてすっかり色気キャラになった俺は次の抱きたいランキングで見事一位をとった。その結果を知った隆史が暴れまくった話は、また今度でいいだろう。 end. >> index (C)siwasu 2012.03.21 |