episode.03 「これは素晴らしい作品が仕上がるよ!」 興奮しているのか声が上擦り、頬を高潮させているシリアにウェイルは僅かな欲情を胸に抱きながら微笑んだ。 「良かったじゃないか。で、何が出来るんだ?」 「それはまだ秘密、かな」 眼鏡の奥で悪戯っ子のように目を細める表情に、いつもなら経過も含め嫌でも研究内容を語りたがる男が珍しい、とウェイルは瞑目する。 そんな様子を見たシリアはまた笑い、肩を叩いた。 「…君も、きっと気に入るよ」 あれは今思えば彼の布石だったのだろうとウェイルは考える。 彼が病にかかっていたと診療所で医者から聞かされた時は、心臓を鷲掴みされたような心地だった。同時に、最期まで知らせてくれなかった想い人に悲しさで心を傷つけた。 彼の最期の研究成果であるパルは、もしや自分への形見代わりのつもりだったのかも知れない。 憶測だけが彼を失ってから心を渦巻くが、真実を知る者が亡き今ウェイルはそろそろ自分との気持ちに折り合いをつけるべきだ、と考えていた。 「ウェイルさん、すみません…」 「ん?」 バルコニーで読書をしていると、パルが申し訳なさそうに触手で掴んだトレイを差し出してきた。 邪魔をしたと思っているのだろうか。 その実物思いに耽っていて内容など一つも入っていなかったことに罪悪感を覚えつつ、ウェイルはトレイに乗ったカップをソーサーごと受け取った。 「…ん?紅茶?」 「あ、あの、庭に何種類かのハーブがあったので、ジャスミンをベースに作ってみたんです」 「…パルが?ちゃんと服着て庭に行ったのか?それにキッチン、使えたのか?と、いうか紅茶の作り方なんてどこで…」 ウェイルは目を見開くと、驚きの余りついパルを質問責めにする。 彼が来てからは、少なかった使用人も暇を出しているので屋敷にいるのはウェイルとパルのみであった。仕事の為に離れに住まわせている唯一の執事も、余程のことがない限り屋敷には近付かないよう言い付けている。 また、食に関心がないウェイルは紅茶などの舌や香りで嗜むようなものに対しては常人より遥かに疎かった。 紅茶など、屋敷で見るのは何年ぶりだろうか。 それを怒られていると勘違いしたのか、パルは目が垂れると身体をぐにゃり、と歪めていくのでウェイルは慌てて彼を掬い上げると膝に乗せた。 「怒ってる訳じゃないよ。ただ、ビックリしたんだ。パルが何も言わず行動したことなんてないから」 「ご、ごめん…っ、なさい…、お、驚かせたくて…っ」 泣きじゃくるパルの頭を優しく撫でながら、ゆっくりでいいから経過を聞かせて欲しいと優しく言えば、嗚咽も落ち着いた頃に怖ず怖ずと口を開いた。 「ウェイルさんが用意してくれたビニールの服で、お庭に出たんです。蟻さん達は大丈夫でした。キッチンはお行儀が悪いけど上に登って…その、勝手に使っちゃって…」 「前に屋敷の中にあるものは好きにしていいと言っただろう?構わないよ」 「はい…作り方は、書架の本を読みました。料理は出来ないけど、これなら僕も作れそうだって…」 「そうだったのか…ありがとう、嬉しいよ」 微笑みながら言えば、パルは躊躇いがちにウェイルを見る。その意図を察してウェイルはカップに口をつけた。ラベンダーの香りが鼻を擽り、心を癒す。 ふと、紅茶が嫌いなパルの制作者を思い出して笑みを浮かべた。 パルはシリアの生まれ変わりという一抹の希望はこれで消えるな、と心中で思いながら何故かそれに安堵している自分に膝の上でウェイルの様子を伺うパルを見る。 「…美味しいよ、初めてとは思えない位だ」 「っ、ありがとうございます!」 その返答に、パルは心の底から嬉しそうに笑う。 そんな無邪気な仕種にウェイルはほんの出来心でパルの口の端に唇を寄せた。 プルリと揺れるゼリーのような、それでいて温度は人肌と変わらないそれにウェイルは唇を離すと固まったパルの顔を覗きこむ。 「パル?」 「………」 「パル…?大丈夫か?」 何かまずい行動だったのだろうか。 焦りながらパルの身体を持ち上げ目線を合わせると、消えていた目の部分の窪みがようやく形を取り戻す。 そしてそれがウェイルの姿を捉えるや否や、突然形状を保てなくなったかのようにドロリと身体を手の中から滑らせた。 咄嗟に下にトレイを用意し受け止める。 「パ、ル…?」 「………」 「おい、パルっ!?」 全く返事のないパルにウェイルは明らかな異常を感じて身体を揺すった。 するとトレイの上でドロリと溶けた身体の一部から、顔となる目と口の窪みが現れて。 「ウ、ウェ…イル、さん…今、のは………は…恥ずかしい…で、す」 「…っ!!!」 ウェイルは彼の返答に思わず息を呑んだ。心にシリアの頃と同じ、いやそれ以上の欲情を抱いていると自覚出来る程には熱くなる身体に、思わず膝のトレイをパルごとテーブルに移動させる。 そして俯せたまま動かなくなったウェイルに、次は形状を取り戻したパルが慌てる番だった。 触手で頬を撫でていると、ようやく顔を上げたウェイルがそれを掴み自身の指に絡ませる。 「パル」 「…はい?」 「ジャスミンティーのおかわりって、あるのかな?」 次第に傾く心を平常に保つ為にもこれからハーブティーを飲まなければ、とウェイルは心に誓った。 けれど、高鳴る心臓の音は心地良さに包まれていた。 end. >> index (C)siwasu 2012.03.21 |