episode.01



 静かな空間にタプン、と波打つ音が響き次いで息を呑む気配がした。
 変わったものを作ったと話は聞いていたものの、いざ目の前で存在を確認せざるを得ない状況になると動揺は隠せない。
 深い赤の窪みと視線が絡み、ウェイルは思わず一歩下がった。

「………っ」

 またタプン、と波打つ音と共に視界を攫うそれからは怯えの色が垣間見えた。
 ウェイルは口を開くが喉がカラカラに乾いて禄な言葉も言えず、代わりにとばかりに目の前の赤いモノが子供のような声音で問う。

「……ご、ご主人様はどこ…ですか?」
「…シ、リアは…もう帰ってこない」

 何とか端的に答えれば、赤いモノは泣きそうな顔を見せた。
 かろうじて顔のパーツが分かる程度のそれに表情が乗るのは不思議だが愛嬌がある。

「ご主人様は…ぼ、ぼくのこと嫌いになったんですか…?」
「違う、そうではない。シリアの魂はこの世界を離れたのだ」

 告げた端から赤の身体が溶けるように崩れた。驚いて駆け寄れば、液体に近くなったそれはカーペットの上で泣きじゃくっている。子供のような幼い声が嗚咽を殺すのを見て、ウェイルは先程までの動揺を忘れ目頭の熱さに胸元を握り締めた。

「っく、…ぅ、え」
「…来るのが遅れて悪かった」

 シリアがこの世を去ったのは2週間前だった。
 研究者で独り身の彼は、人嫌いで有名でありまた動物の類も同様であることは知っていた。
 だからウェイルはこの屋敷に意思と言葉を持った生き物がいるなど、ついぞ思っていなかったのだ。
 そっと身体に触れると小さな身体がソッと波打つ。纏わり付くでもなく、けれど吸い付くような不思議な感触に、彼は生き物ではあるが人間でも動物でもないことを認識させられた。
 泣き止んだのか、ドロドロとした液体から半固形化に戻る姿を見ながらウェイルは思案する。

「君の名前を教えてくれないか」
「…パル…です」

 パル、と小さく口の中で呟きながらそっと頭であろう部分を撫でる。
 彼から薫るほのかな苺の風味はシリアの好物だったと、淡い恋情を一方的に向けていた懐古を振り払いながら、ウェイルはパルをそっと掬い上げてみた。

「ふぇっ!?あ、あの、」
「パル君、一人は寂しいだろう?良かったら俺と暮らさないか?」

 実際問題この屋敷は他の者に譲ることになっていた。パルは見た目の異常さから見つかれば好奇の衆に晒されることになるだろう。過去にシリアから触手や口裂け花など奇っ怪な研究物を自慢されていなければ、ウェイルもそれらと同様の反応を見せていたかもしれない。
 不安定な両手の上で揺れるパルは、ただバランスを保ち難いだけではないようだ。困惑した空気が辺りを揺らす。

「丁度スライムのお友達が欲しかったんだ」

 パルに猜疑心が生まれる前にとウェイルは笑みを作りながら真実を隠した本音を告げてみた。シリアに可愛がられてきたであろう彼はその言葉を聞いて赤い体を更に赤く染める。
 躊躇いがちに頷く姿に生まれた僅かな嫉妬心と愛おしさを胸に仕舞いながら、ウェイルは想い人の忘れ形見を潰さないよう優しく抱きしめた。
 それに対して恐る恐る自分の身体を伸ばし触手を作るパルは、ウェイルの親指に優しく巻き付く。
 何故か堪らなく、愛おしかった。



end.



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(C)siwasu 2012.03.21


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