***** (頼む、出ないでくれ) そうインターフォンの前で拝みながら、覚悟を決めて小さなボタンを押す。しばらくの沈黙の後、チェーンのかかった扉が小さく開いて、佐藤が顔を覗かせた。 「……なに」 どこか元気がなさそうにも見えるが、いつも通り思考の読めない深い緑色の瞳が俺を窺う。 「ぜ、全然学校に来ないから、心配して来てやったんだよ」 つい、喧嘩腰の口調になって後悔した。 佐藤は小さくため息を吐く。 「だったら大丈夫、元気だから」 そう言い残して扉を閉めようとする佐藤に、俺は慌てて指をかける。挟まる直前に止めてくれたが、明らかに不機嫌そうだ。 「まだ何か用事?」 「お、俺に話があったんじゃねえのかよ」 「ああ、それ。もういいよ」 俺を見つめて、遠くに視線を向ける佐藤に胸がざわつく。 「あ、そ、そう! は、花が、庭園の花が枯れて……っ」 「――そっか」 俺の言葉に目を伏せて、どこか悲しそうな色を見せる佐藤は、それでも部屋から出る気配を見せなかった。 「……いいのかよ」 「よくないけど、いい」 「意味わかんねーよ」 あんなに可愛がって、授業や友達付き合いなんか二の次でずっと面倒を見てきたのに、今更放り投げるなんて。 途方に暮れていると、佐藤はまた俺を真っ直ぐ見て口を開いた。 「もう用事ないなら閉めたいんだけど」 まだ扉に指をかけたままの俺に、冷たい視線を向ける。 駄目だ。俺は直感した。 きっとここで指を離せば、佐藤は閉まる扉と共に、心まで閉ざしてしまう。 唯一の大好きな花すら捨てて、お前に残るものなんてあるのかよ。本当のひとりぼっちになって、それで楽しいのか。 俺は、肩を震わせながら俯いた。 「――する」 「?」 「話す、ちゃんと話す」 「なにを?」 煽るような声に、俺は縋りながら佐藤に詰め寄った。 「この間のこと、夜のこと、真夜中のお前が――っ」 そこまで言って喉奥でつっかえた言葉に、俺は情けなくなってまた俯く。 そこで、ようやく佐藤は表情を緩めた。力を加えすぎて白くなった俺の指先に触れて、大きく息を吐く。 「指、はなして。開けるから」 それに慌てて指を離せば、おかしかったのか佐藤は口の端を少し持ち上げる。一度閉められて再度開いた扉に、俺は瞼をこすると腹をくくって足を踏み入れた。 これは、今まで夢のような時間を過ごしてきた報いだろうか。 きっと、佐藤は笑うだろう。お前に恋をして、今度はゴリラになったお前を本気で愛してしまったなんて馬鹿げた話。 笑い飛ばす佐藤に、俺も冗談だとふざけて、ついでに今までのことを謝って、また庭園で笑い合えたらいいのに。 自嘲して、リビングのソファーに促されるまま座る。 同じように正面のソファーに座る佐藤の目は、軽口を混じえながら話せる雰囲気ではなく、俺は乞うように天を仰いだ。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |