02


   *****


 叩きつけるような雨音がうるさくて、テレビの音が全く聞こえない。俺は時計を見て二十一時を回っていることに気付くと、画面を消して窓に近付いた。
 風で大きく揺れる楠の枝は、今にも窓を叩き割りそうだ。

 流石に今日は来ないだろうとカーテンを閉めて、シャワーを浴びる。出てから携帯電話を確認しても、やはり着信はなかった。
 明日も早いしそろそろ寝るか。電気を消し、寝室に足を向けた時だ。
 窓を叩くような大きな音が聞こえて、俺は思わず振り返る。
 枝が当たっているのだろうと思ったが、何度も規則的に音がするので、まさか……と近付けば、大きな塊の影が見えて目を見張った。
 慌ててカーテンを引けば、激しく揺れる楠の枝にしがみつくゴリラが、いた。

「いや、無茶すんなよ!」

 すぐに窓を開けて部屋に上がらせれば、びしょ濡れのゴリラは申し訳無さそうにうなだれる。

「風邪ひいても知らねーぞ……」

 急いで大きめのバスタオルを持ってきて拭いてやるが、体はすっかり冷えきっている。このままでは本当に体調を崩しかねないと思った俺は、ゴリラの腕をとって浴室へと引っ張った。
 狭いバスタブの中に押し込むように座らせて湯を張れば、体が温まってきたのか、ゴリラは安堵するように目尻を下げて寛ぎはじめる。俺は、折角とばかりに石鹸で体の泥を落としてやった。

「いつもなら来る前に連絡くれるのに――あぁ、雨で濡れるからケイタイ持ってきてないのか」

 そういえば、いつも首からぶら下げている携帯電話がないことに気付いて納得する。
 だったら今晩は大人しくどこかで雨宿りでもしていればいいのに。
 豪雨の中、無茶をしてでも俺の部屋に来たのは、寂しかったからなのだろうか。勝手な妄想に思わずニヤける。

 俺は広い背中を洗い流しながら、次に泥がへばり付いたのか毛が固まっている左腕を取った。すると、突然ゴリラが大きく肩を揺らしたので驚いて手を離してしまう。
 ゴリラはそのまま庇うように左手を胸元に寄せる。半眼でその腕を引っ張れば、指が赤く染まっていて、ため息を吐いた。どうやら手の甲に裂傷が出来ているらしい。

「暴れるなよ」

 俺はゴリラに念を押すと、唾を飲んで覚悟を決める。傷口を洗うために軽くシャワーを当てれば、手を振り払いそうなゴリラの動作に思わず逃げそうになったが、震えながら我慢する姿に顔が緩んだ。

「つか、顔も切れてるじゃねえか」

 よく見れば、頬から顎のラインにかけて擦り傷もできている。洗い流しながら他にも傷がないか探したが、それ以上は特に大きな怪我もないようでホッとした。

「よりにもよってなんでこんな日に来るんだよ……別に台風過ぎてからでもいいじゃねえか」

 傷だらけの姿に若干の呆れと不満を零せば、罰が悪そうにゴリラが俯く。そんな姿が妙に子供っぽくて俺は苦笑すると、残りの場所を洗い流してゴリラを脱衣所まで誘導した。
 ドライヤーで乾かしながら体を丁寧に拭いていくと、びしょ濡れで重く下がった毛がふわふわになっていく。

 リビングのソファーで簡単な治療(といっても消毒液を塗って包帯を巻いたりガーゼを当てたりするぐらいだが)を済ませると、白湯を渡して隣に座った。包帯の巻き方やガーゼの貼り方が分からなかったので、最後は無理矢理ガムテープで固定した。絶対間違ってるが仕方ない、許せ。
 感謝の気持ちか小さく会釈したので頭をなでてやれば、落ち着いたように「グウゥム」と声を出すゴリラに、懐かれたもんだなぁ、としみじみ思う。

「俺がさっさと寝てたらどうする気だったんだ、お前は」

 小さく頭を小突きながら言えば、甘えるようにすり寄るゴリラに俺も肩を預けた。そのまま二人で雨が窓を叩きつける音を聞きながら、特に何をするわけでもなく緩やかな時間を楽しむ。
 なんだかそれに懐かしさを感じて俺は小さく笑ったが、その正体に気付いた瞬間、叩き落されるような気分になって項垂れた。心配そうに覗き込んでくるゴリラに憂鬱な心を背負いながら飛びつけば、石鹸の香りが広がって安心する。
 黙って受け止めてくれるゴリラの包容力にうっかり胸がときめいたりしながら、俺はそのまま大きな胸の中で眠りについた。

 大好きなあいつとまだ友人関係を築けていた頃の夢を見た。
 抑揚はないが、楽しそうに一つ一つ花の名前や由来を教えてくれて、俺はそれを興味なさそうに、けれどその場から離れることもなく黙って聞いている。

 あの頃から下心しかなかった。
 別に花なんて好きでもないのに足繁く庭園に通ってあいつの気を引いて、ただ横にいるだけじゃ満足できずに欲まで出して告白して。結局はなかったことのように振る舞われて、この有様だ。

 あれからあいつと俺の関係は軋み始めて、今では軋んだまま誤魔化すような立場上の関係を続けている。
 生徒会長に推薦された時、それを理由に庭園から――あいつから離れることが出来て、もう話すこともないだろうと思っていた。
 なのに何故、あいつは風紀委員会に入ったのだろう。

 息をするのも苦しいぐらい好きだと叫びたい。会う度に、そんな気持ちを抑えて接していることに、気付いて欲しい。
 気付かないで欲しい。

 思い出に苦しくなって息が詰まるのを感じながら、俺は助けを求めるように後ろを振り返った。
 すると、すぐに背中に温もりを感じたので見上げれば、ゴリラが優しく頭をなでてくれている。その瞬間、俺は緊張の糸が切れて、大きく息を吐きながらゴリラに体重を預けた。
 あいつと似ている。けれど、あいつより感情が分かりやすいこいつには、俺の中で落ち着き以外の新しい感情が生まれ始めている。

 俺はどこかで、このままあいつを忘れることが出来そうな自分に、ホッとしていた。


[ ←backtitlenext→ ]


>> index
(C)siwasu 2012.03.21


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -