06


「なっ、に」

 何が起こったのか分からないまま、涙が次から次へと溢れてくる。パニックになった俺は無我夢中で両手をシーツの上に彷徨わせていたが、その腕は強引に引っ張られて頭上で一纏めにされた。
 そのまま素早く固定されてベッドに拘束された俺は、涙と痛みで瞼を閉じたままどこにいるのか分からない相手に向かって怒りをぶつける。

「おっ、前らぁ……っあぐ!?」

 が、開いた口に大きな塊を突っ込まれて、怒声はただの鼻息に変わった。
 塊はどうやら複数の小さな穴が付いたプラスチックボールのようなものらしい。両サイドのベルトを引っ張られて首が上を向く。そして後頭部に固定されると、これがようやく口枷の道具であることがわかった。
 声の自由も奪われて、俺は首を振りながら暴れる。

「ふぐぅっ! う、うぅっ」

 しかし痛みで瞼が開かないせいで二人の位置さえ把握できない。シーツの上でもがいていた足も、両サイドから膝裏を持ち上げられて引っ張られる。
 俺は一層怒りに任せて二人を容赦なく蹴り上げようと思ったが、その瞬間先程までの泣き顔が頭を過ぎって躊躇したのがいけなかった。
 気付けば膝裏にベルトのようなものを巻かれ、首の後ろを通してもう一方の膝裏に固定される。おそらく今の俺は、いつぞやの電車で見た股を開く女の写真みたいな格好をしているのだろう。

「前電車で見た女の人の写真みたいだね」
「ね」

 ね、じゃねーよ!
 俺は今も溢れ続ける涙で頬を濡らしながら、陸に上がった魚のようにベッドの上を跳ねる。

「んぐっ、んむぅっ! んぅ、ふご」
「お兄ちゃん、何言ってるか分からないよぉ」
「ちゃんと言いたいことがあるなら言わなきゃ」

 お前らが言わせない状況を作ってんだろ!
 そんな言葉もふがふがと鼻息荒い音にしかならなくて、俺は二人に抱いていた罪悪感に後悔した。止まることのない涙と痛みは、徐々に俺の体力を奪っていく。
 まさか失明しないよな、そんな不安に駆られていると、濡れた顔に柔らかいタオルのようなものが当てられた。

「しばらくしたら見えるから安心してね、お兄ちゃん」
「ボウハン用にってママからもらったさいるいスプレー、こうかあるんだね」

 母さん、頼むからこいつらに危ないものを持たせないでくれ。自衛用の防犯グッズを変質者ではなく実の兄に使うような奴らなんだぞ。

「本当お兄ちゃんってチョロいよね」
「だからあんなペド男につかまるんだよ」
「……むご」

 それは相手がお前らだからとは言いたくない。
 二人は嘆息を落としながら俺のブレザーとワイシャツの前を寛げると、ベルトに手をかけて止まった。


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(C)siwasu 2012.03.21


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