「安心しろよ、最初から無理させるわけねえだろ。俺も慣れない戦闘なんてして疲れてんだ――一発出したら終わってやるって」 「するんじゃないか!」 抜きかけた肩の力を入れなおしてシスは叫ぶ。声が漏れたのか、隣から咎めるように壁を叩く音が聞こえた。 「近所迷惑だぞ、静かにしろ。だから一回でいいって言ってるじゃねえか」 「その一回が問題なのだ。僕は娼夫ではない。他人の性器に触れるなんて……」 「俺のアイテムなんだからもう他人じゃねえだろ」 「そういうことを言っているのではない」 顔を顰めるシスにマオはため息をつく。 この世界では、性的な奉仕は主に男性が行う。高級娼館ともなると女性しか相手にしない娼夫もいるが、主に娼夫と言えば男性を相手にする客商売であった。 マオも基本的な情報はこちらに来てすぐ教わったらしい。 王宮を出てからマオを興味深そうに見つめる女性と出くわしたが、声をかける素振りは無かったのが証拠だ。 この世界で男性から女性への性的アピールはご法度となっている。だからこそ、女の代替品としてシスを選択したのだろう。 順応性が高いと言えば聞こえはいいが、要するに性的欲求が満たせれば男でも構わないのだ。 とはいえ、そんなクズにも情状酌量の余地はある。 過去の勇者が残した自伝によると、勇者の元居た世界では男女比に差がないらしい。他にも魔術が使えなかったり、代わりに「カガク」が発達していたりと、シスにとっては信じられない話ばかりだった。 そんな世界から真逆のようなこちらに来たのだ。見えないだけで実は相当なストレスを溜めこんでおり、それがこのような、下劣極まりない発言をさせている可能性は否定できない。 (それを思えば、多少は温情をかけて願いを聞いてやりたい) やりたいが、性的奉仕までは甘受できなかった。 黙り込むシスの横で、天井を見上げたままのマオが口を開く。 「じゃあ宿屋の店主と俺、どっちか絶対しゃぶらなきゃいけねえって言われたらどっちにする?」 「……」 シスは半眼を向けた。くだらない質問だ。 いくら清潔そうでも、脂ぎった中年男と見た目だけは美しいマオなら、誰でも迷わずマオを選ぶだろう。それにシスは幼い頃から勇者を慕っていたのだ。誘われて拒絶するはずがない。 ――ただ、残念ながら出会った勇者は理想像から大きくかけ離れていたため、今は百年の恋も冷めているが。 シスの反応で理解したのだろう。 マオは顔をこちらに向けて下卑た笑みを浮かべる。 「俺が他人のフェラ見て喜ぶタイプじゃなくて良かったナァ」 「ッ、下衆め……!」 暗に、断れば店主を相手にさせるぞと脅しているのだ。 シスはぎりりと歯を食いしばり、マオを睨みつけながら床に拳を下ろした。それを反動に立ち上がり、ベッドへと乗り上がる。 そして、戸惑いながらもマオの腰に跨ると、少し後退って股の間に座り込み瞼を下ろした。 「僕はセドリア国の王ダルギヌスの子。民のため、魔王討伐のためだと思えば、粗末な性器をもてなすぐらい鳶を射るよりも簡単だ。大丈夫だ、シスリウス。大丈夫だ」 「股間に向かってブツブツ呟くのやめてくれねえかな」 腕を頭の後ろで交差させたマオは呆れた表情を見せる。 一方、股座で自身を奮い立たせていたシスは、大きく深呼吸をしていた。 ようやく覚悟を決めると、マオの下衣を下着ごと勢いよくずり下ろす。すると、肌の色と共にマオの陰部がその姿を現した。シスの予想を裏切って、粗末とはほど遠い大きさだ。 シスは視界にぶら下がった性器を見て、目を大きく見開いた後、顔を激しく顰めて鼻をつまみ言った。 「臭いッッッ!!」 それもそのはずだ。マオは、この世界に来た日に湯浴みをして以来、一度も体を清めていなかった。 シャワーが嫌いだからと言い訳して逃げていたのだ。 そこには奉仕してもらう清潔さなどない。よくよく観察してみると、頭からも油っぽい臭いがした。これではいくら見た目が良くても宿屋の店主と似たり寄ったりだ。 シスは近所迷惑も忘れてマオに説教をすると、続きは湯浴みを終えてからだと宣言した。 「……嘘だと言ってくれ」 言い争いをしているうちに夕食の時間となったので、腹を満たしてから渋るマオを無理矢理浴室へと押し込んだ。 そして続いてシスが身を清め、覚悟を決めて戻ると、そこにいたのは夢の世界へ飛び立ったマオの姿。ベッドの中央を陣取っていびきを響かせる寝汚い様子に、シスは怒りに顔を赤くさせた。 「ふざけるなマオ! 湯浴み後は貴様の性器を奉仕するという話だっただろうッ!」 「んがー、んごー」 「起きろ! そしてさっさと性器を出せ! こっちは口まで丹念に濯いで準備してきたのだぞ!」 「んがー、んごー」 マオが起きる気配は全くない。シスは、怒りのままにマオを蹴り動かすと、ベッドの空いたスペースに体を潜り込ませた。 緊張していた自分が馬鹿馬鹿しい。こんな男が本当に魔王を討伐できるのだろうか。そんな懸念も、襲ってきた眠気には勝てず、ほどなくしてシスも深い眠りへと沈んでいった。 翌朝、目を覚ますと眼前にマオのそそり立った性器がぶら下がっている(朝勃ちしたそれを強引に突っ込もうとしたらしい)とも知らずに。 ちなみに、シスの怒鳴り声によって隣の部屋にいた商人には恋仲だと誤解されてしまった。 [ ←back|title|next→ ] >> index (C)siwasu 2012.03.21 |