最高の白色 | ナノ
最高の白色

 白、と思わず呟く。たまたま通りかかった電気屋のショーウィンドウに飾られたテレビが気になり、流れていた番組を何の気なしに眺めていただけなのに、画面の向こうでイオルブの司会者に熱弁するフォクスライのモデルに意識が向く。白いワンピースをはためかせる彼女曰く、一口に白と言ってもそれは何百種類もあり、それぞれに細かな色の違いがあるという事だった。ただそれだけの話題なのに目が離せないのは、軽快な語り口に引き込まれたからである。
「どうした?トレヴァー」
 その意識が現実に引き戻されたのは、同行していたエリックの一言だった。そうだ、俺は今エリックとキルクスの街を散策していたのだ。彼が普段散歩しているルートが気になり、それに着いて回っていた最中の出来事が今なのである。慌ててショーウィンドウから顔を離し、テレビを指差すとエリックもテレビを一瞥し、ははんと息をつく。
「少し前にやってたバラエティ番組の再放送か、この回ちょっとした話題になったんだよね」
「やっぱり話が面白かったからとか?」 
 エリックが頷く。テレビ画面からはいつの間にか司会者とモデルの姿は消え、いかに新製品の洗剤が強力かをオーバーに宣伝する映像が流れていた。それでも暫く二人はショーウィンドウの前に立ち、会話を続ける。
「一口に白と言っても、色々な言葉があるんだ。白、胡粉色、白磁、白練、乳白色、藍白、月白、卯の花色、パールホワイト……」
「流石言葉を使う詩人なだけあるな」
「まだまだあるよ、エクリュやアイボリーだって白だし……」
「それは分かっている、でも微妙な違いなら全部一緒くたで良くないか?て思ってしまってさ」
 トレヴァーが本音を漏らしたところで、エリックの深緑の目がきらっと光る。おや、と言いたげな表情は明らかにこの後反論が来るだろうと身構えるには充分だった。
「分かってないな!その微妙な違いが良いんだって!趣があってさ」
「そうかな」エリックの気迫に反射的に数歩後ずさる。
「なら、これから見つけた白をじっくり観察すると良い。結構楽しいよ、インスピレーションを刺激されて」
 へえ、と上ずった声で相槌を打ちながらトレヴァーの頭の中に散歩の理由がもう一つ追加される。一つはエリックを知るため、一つは白の違いを知るため。それじゃ暫くは通行人が話すたびに吐き出される息の白さを観察すれば良い訳か、などと冗談を思い浮かべつつ、再び散策が再開された。エリックが普段どこへ行くのか、彼と歩きながらベージュ色のブーツの音を鳴らす。うっすら雪の積もった石畳でも心地よい音が鳴るのは快感だ。蜂蜜色の石煉瓦が連なる風情ある景色も相まって、今が至福のひとときに感じた。何度も訪れている街だが、来る度にこの街が好きになるのを感じる。古の建物が今なお残る温泉街にして貴族の保養地。この街でエリックと出会う時、いつも彼が上機嫌な理由も何となく分かる気がした。
 そんな街で白、しろと脳内で繰り返しながらトレヴァーが歩いていると、ふと通りの傍らに堆く積もった雪山のいくつかが目に入る。おそらく住民が雪かきした雪を積み上げたものだろう、早速エリックに見えるように雪山を指差すと、エリックの触覚が面白いものを見つけたようにふわっと動いた。
「昨日の夜に雪が降ってさ、町民達には感謝しかないね」
 雪の白に心を奪われながらトレヴァーは白い息を吐く。曇りがちなガラルでは珍しく晴天に恵まれ、陽の光を受けてきらきらと輝く雪の美しさは飽きずに眺めていたくなる。トレヴァーの住むモトストークでは雪は降っても積もるほど降らないため、こうした景色は新鮮だった。高鳴る気持ちを抑えながら周りを見回せば、今度はパン屋の店先に雪だるまが立っているのも目に入る。緑色のマフラーを巻き、ニンジンで形作られた鼻を高々と伸ばす姿は、実際に目にするとつい足を止めてしまう程目を引くものだった。
「そう言えば小さい頃にモトストークが大雪に見舞われた年があったんだ。その時家のメイド達と雪だるまを作った事を思い出したよ」
「トレヴァーにもそんな子供時代があったんだな」
 まさか、と苦笑する。大貴族の跡継ぎとして厳しく躾けられてはきたが、流石に息抜きする時間くらいはあった。そんな懐かしい記憶をトレヴァーは雪の白で思い出す。
 そうして思い出に浸っている間に、雪だるまには近くで遊んでいた子供達が駆け寄ってはわいわい騒ぎ始め、その様子が一層過去の自分と重なったところでトレヴァーは再び歩を進めた。


「たくさん歩いた時はよくここの足湯で休憩するんだ」
 そう言って躊躇いなくエメラルド色の湯に素足を沈めるエリックに、先に足を湯に浸けていたトレヴァーは目を丸くする。キルクス一の観光スポットである英雄の湯から然程遠くない場所にある、神殿を模した屋根に覆われた足湯で二人はしばしの休息を取っていた。
 エリック曰く、英雄の湯と同じ源泉で疲労回復に良く効くというその湯は、キルクスで有名なスパ施設の温泉よりも温度が高い筈なのだが、氷タイプが気持ちよさに目を細めている光景を見ると彼が何タイプなのか分からなくなってくる。例え彼の血にウルガモスとマルヤクデの血が入っているからと言っても、疑問点は尽きないばかりか増していく。
「なあ、本当にウルガモスとマルヤクデの血のお陰でお湯が平気なのか?」
 モスノウは氷タイプ以外にも虫タイプを持つ。虫タイプも炎に弱いはずだとトレヴァーは不安げに隣のエリックを伺う。
「そりゃそうさ。僕を何だと思っているんだ?」
「名誉キルクス市民?」
 例えトレヴァーの炎のパフォーマンスショーに足繁く通って精神的に慣れているにしても、体質まで変えられるとは思わない。それとも、この街で生まれ育ったから平気なのだろうか。足湯の効能で血行が良くなるのを感じつつ、頭を巡らせているとエリックがカラカラと笑い出し、その瞬間トレヴァーは無意識に首を傾げている事に気が付いた。
「君が思っている程僕はやわじゃないって事さ。君の炎だって受け止められる。今この場でやってみても良いんだぞ」
「まさか。それにここじゃ出来ないって」
 それもそうか、とエリックが天を仰ぐ。足湯が気持ち良いのかその表情はいつも以上にリラックスしたもので、その横顔にトレヴァーは暫く目が離せなかった。勝ち気な彼が見せる柔らかな顔つきとのギャップの珍しさに、何故かその名の通り釘付けになってしまっている自分に戸惑いを感じつつも、顔は目を閉じるエリックを向いたままだ。こうして見ると彼も意外とハンサムではないだろうか。そう言いかけた言葉を飲み込んだのはなんとなく恥じらいがあったからだった。
 その恥じらいを隠すように視線をエリックから逸らしたところで、トレヴァーの目には湯煙と揺らめくエメラルド色の水面の境界線が映る。そう言えば湯煙の色は白い。それを観察しようと思い立った事で思考を断ち切れたのは有り難かった。
 湯煙はその先の景色を覆い隠すようにもうもうと上がっている。それがまるで炎が起こす陽炎のようで眺めていると不思議と心が落ち着いてくる。きっとそれは湯気に加えて温泉の温かさもあるからに違いないと、足から来る熱に吐息をつきながら考えたところで、トレヴァーの思考はエリックの一際大きなあくびにより中断した。


 冬場は体を冷やすからと敬遠する種族の多いアイスクリームも、氷タイプには関係ない話だと言わんばかりにエリックはバニラアイスにちびりちびりと齧り付く。その様子を尻目にトレヴァーは自販機で購入したペットボトルのキャップを開け、口をつける。
「こんな美味いものが食べられないなんて勿体無いな」
 コーン部分を齧り始めるエリックに哀れみにも似た視線を送られても、トレヴァーは気にせず水を飲み続ける。冬場でも元気にアイスクリームを売る屋台へ足を運んだのはエリックの希望だが、トレヴァーは甘い物が苦手で遠慮したのである。辛うじてレモンシャーベットなら食べられるのだが、無いと言われた以上食べられそうなものはなく、冷たい軟水で喉を潤す今に至る。
「何、食べられなくても生きていけるから問題ないさ」
「でもアイスクリームだぞ?アイスを食べられないなんて、人生の何割かは損している」
「そう言うエリックだって、キムチ鍋が食べられないのは人生の数割損だぞ。あんな美味しいものを……」
「うっ……だって熱くて辛いじゃないか」
 辛い物が苦手なエリックを黙らせたところでトレヴァーはペットボトルから口を離し、キャップを閉める。座っているベンチからはキルクススタジアムが見え、入り口付近に取り付けられたディスプレイからは今まさにスタジアム内で行われているバトルが映し出されていた。
 だがトレヴァーの視線はバトルではなく、エリックの持つバニラアイスに向いていた。白は白でも黄色がかった白。今日一日で色々な白を見てきて、少しずつエリックの言っていた言葉が分かってきた気がした。微妙な色合いを楽しむ事は意外と楽しい。間違い探しのようにも感じるし、彼の言っていた趣深さも何となく理解できた気がする。
「ん、やっぱりアイスが欲しいのか?」
「いや」きょとんとするエリックにトレヴァーが微笑む。「君といると世界の彩りが豊かに見えるなって」
 その瞬間エリックが手にしたアイスを落とそうとして、慌てふためきながら両手で持ち直す。それから肩で息をしながら乱雑にアイスを食べ始める。
「な、何を言い出すかと思ったら!」
「白色を見つけたらじっくり観察しろと言ったのは君じゃないか、俺はその通りにやってただけで」
「あの話か」アイスから顔を上げたエリックは、鼻の頭が若干赤くなっている以外はいつもの様子と変わりなかった。「僕の言った通りだろう、絶対楽しいって」
 エリックに笑みを返しながら考える。考えてみれば彼も白い種族だ。これまで色々な白を見てきたが、一番綺麗な白は君の髪だと言えば彼はどう返すだろう。今日の散歩道に同行した事でその解像度は少しずつ高まっており、それが一層白を艶やかに引き立てているようにトレヴァーは感じた。彼の白は氷タイプらしく雪のようにも見えるが、温泉の湯気のような安らぎと温かさを持ち、アイスクリームのような幸福感も詰まっている。それに加えてこれまでの彼の人生が深みを持たせており、魅力的な色に見えた。きっとこれが全ての白をひっくるめた本当の「白」なのかもしれないと思わせるまでに。そんな色を他の白と一緒くたにしようとした奴がいたなんて、許せない話である。
「白にも色々あるんだな」
「やっと君も分かってくれたか!」
「そうだね、パフォーマンスの参考にできそうだと思った。次の公演楽しみにして良いぞ」
 子供のように顔をぱっと綻ばせるエリックを見ていると活力が漲ってくる。眩しすぎる彼から目を離し、目の前のディスプレイをぼんやり眺めながら次のパフォーマンスに白をどう活かすか思案をめぐらせるトレヴァーだが、どんなに頑張ってもトレヴァーの生み出す白はエリックの輝きには勝てないだろうと思い始めていた。

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トレヴァーとエリックを足湯に入らせたかった話。薄明の翼やガラル御三家のグッズでキルクスの足湯に入ってるシーンが出てくると、温泉好きは軽率に二人もぶち込みたくなったのですよ。
ちなみに話自体は情景描写と心理描写をどれだけ盛り込めば良いのだろうと思いながら書いてました。
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