お便り合戦 | ナノ
お便り合戦

 ペーパーナイフで封を切り、紙質の良い封筒から中身を取り出す。封筒から出てきた真紅の封筒に再びペーパーナイフを入れ、更に出てきた紺色の封筒にまたナイフを入れ……。差出人を見なければ途中で開けるのをやめようかと思っていたその封筒が、なぜこんな面倒臭い入れ子形式で来たのかトレヴァーにはとんと想像つかない。頭の中にマトリョーシカを思い浮かべつつ、最後の封筒を開けて便箋を取り出せば、書かれているのはいつも通りに熱のこもったファンレターだった。トレヴァーの頭の中のマトリョーシカが緑の目のモスノウに変わる。
「全く、君だったから最後まで付き合ってやったものの……」
 パフォーマーとして活動し始めてからしばしば来る宛名の手紙。丁寧な筆跡から紡がれる言葉の数々は時にスランプに陥っていたトレヴァーを励まし、時に公演成功の高揚感を一層引き立てた。その相手に初めて出会ったのは半年以上前の事で、以来すっかりトレヴァーと送り主エリックは気のおけない友人同士となっている。
 再び、テーブルの封筒の数々に目を落とす。彼がこんないたずらじみた方式で手紙を送るようになったのは実際に顔を合わせて以降だ。尊大で勝気、だが相手をリスペクトする態度の彼らしいといえば彼らしいが、それにしても面倒臭い気持ちが先立つ。ただ手紙の内容からも特に悪意は感じず、追及しようと考えていた思考も薄れゆく。
「まあ、誹謗中傷でなければ良いか」
 その日はそれ以上何も思わず、一番大きな封筒にその他の封筒とともに便箋を入れてレターボックスにしまったトレヴァーだったが、数週間後、今度は同じ送り主の名前でまた妙な形式の手紙が送られることとなった。
「折り紙……」
 Tシャツ状に折られた手紙を開いてみれば、正方形の便箋が姿を見せる。そこに書かれていたのはやはり来るのを心待ちににしていた文面だ。トレヴァーはエリックからの手紙を受け取るのが楽しみの一つになっているのである。
「それから、これは……」
 次に手にしたのは2枚目と思わしき、ヒバニーの顔の形に折られた白い便箋。数色の色鉛筆で描かれた笑顔を彼が描いたと思うと少し滑稽で、解くのを躊躇ってしまったが、早速裏返して一つ一つ解いていく。こんな手間暇がよくできるものだ。ため息をつきながら最後の折り目を開けば、一枚目から続く内容がびっしりと書かれていた。そして最後の三枚目に至っては、どう折ったのか検討つかない黒い小判のニャースの便箋だった。これにはトレヴァーも肩をすくめる。
「これ、読んだ後に戻すのも苦労しそうだな」
折り紙だから折り目に沿っていけば戻せるということは頭では理解できるが、解く過程ばかり考えているとどう折ったかの手順を見失いやすくなる。面倒なものをよこしてきたな!思わず首を振る。これで折り紙を開けた時に、ここまでの功績を称える宝石が入っていれば見方は変わったかもしれないが、残念ながら開いてもそこには締めの文章しか書かれていなかった。トレヴァーの事を褒めてはいるが、この前の公演がいかに素晴らしく最高だったかについての内容のみ。少しはこの必死に折り紙を解いてきた労力についても触れてもらいたい。
「……向こうが向こうなら、こっちにも策がある」
 時間をかけて全ての折り紙を元の形に戻し、封筒に入れてレターボックスに投入すると、トレヴァーはおもむろにレターセットを取り出し、テーブルに置いた。トレヴァー側からエリックに返事をしたためる事はあまりない。しかしやられっぱなしで終わるわけにはいかなかった。ペンを取り、早速ここ最近の返事を書き始める。内容は至極普通のものだ。いつも手紙を送ってくれてありがとう、君の熱のこもった文章は俺の炎をより燃え上がらせる石炭のようなものだ。流石脳を炭になるまで燃やされたと豪語するだけはある。次の公演も楽しみにしていると良い、以下省略──。
 かくしてごく普通の手紙を目一杯書き終えたトレヴァーは、額の汗を拭いながら便箋に浮かぶ文面を読み返し、ニヤリとしたり顔を浮かべるのだった。


「やあ、まさかリート表記で手紙を送ってくる奴がいるとはね」
「面白い事をする奴もいるものだ、どこのどいつなのか顔を拝んでみたいよ」
 数週間後の夜。久しぶりに帰宅した実家の屋敷の自室で寛ぐトレヴァーに一本の電話がかかってきた。受話器を取った第一声に思わず表情が緩む。
「読むのにえらく時間がかかった!」
「読めるだけまだマシだろう、似た文字と比較したり法則さえ掴めば楽勝の話さ。それとも今度は読める文章で送ろうか?」
「ひどい奴だ、何がそんなに気に入らなかったんだい?」
「気に入らなかったというか……」そう、別に嫌という訳ではない。「最近読むのにだいぶ苦労したからさ、ただの意趣返し」
「それでも僕は文面自体は普通に書いたつもりだけど」
 電話の相手がふうとため息をつく。窓を閉める音がし、すぐにベッドかソファーに思いっきり座り込む音が聞こえる。
「ただ、君を楽しませたかった」
 先程とは打って変わってトーンの下がった声に、思わずトレヴァーの背筋が伸びる。なんとなくそんな気はしていた。電話の彼がどれだけ自分に入れ込んでいるか痛い程分かっているから。
「僕なりの遊び心ってやつさ。君は周りを楽しませる、なら僕もその分返したくてね。子供じみた手法だったのは謝る、それに見知った相手だから良いだろうという驕りもあった」
「いや、待ってくれ」
「もし今後送るなと言われたらその通りにするさ。何なら手紙そのものも……」
「待てって、早とちりしないでくれ。確かに手紙を開いた労力は褒めてもらいたいけど、別にやめろとは一言も言ってない。君ならやりそうだなとは思ってたし、ただ変な事を仕込む頻度を減らしてくれればそれで良い」
「本当かい?」
「俺で良ければ受け止めるよ」思わず遥か遠くのキルクスの街にいる相手に何度も頷きながら受話器を握りしめる。「面倒臭さも時々ならまあ、嫌いじゃない」
「ごめん」
 一瞬電話の相手がモスノウではなく、萎縮したヨーテリーかと錯覚する。そんな彼の姿は見たくない。折角久しぶりに電話しているんだから、せめて気の利く言葉で終わらせようと頭を巡らせる。
「えっと……そう、いつだって君の手紙には元気をもらっているし、頑張ろうって気持ちになれる。客がガラガラだった時もよく貰った手紙を読み返して励まされてたし。だから、その……」気の利く一言は諦めた。「いつもありがとう」
「……言ったな?」
「ああ、それ以上でもそれ以下でもない」
「ふふ、トレヴァー。君はいつだって僕の憧れだ。君が胸を張って笑顔で活動できるならそれ以上は何もいらない。次の手紙も楽しみにしてくれ」
 やっと本来の調子に戻った声音が聞こえてきて安堵する。戻ってくれないとこちらも調子が狂ってしまうし、これで今夜は彼の事に気を病んだまま眠る羽目にならなくて済む。またいつか送られてくる手紙に胸を躍らせながら、換気で開けていた窓から外を眺める。ちょうどあの方角で彼も受話器を抱えているのだろうか。
「そうこなくっちゃ。それと……」
「何だい」
「あのヒバニーの笑顔最高だった。もしかして絵の才能もあるんじゃないか?」
「よく気付いたな、実は十年前にコンクールで賞を貰った事があって……」
「流石エリックだ、それじゃあおやすみ」
「良い夜を。おやすみ」
 受話器を置き、窓を閉めカーテンをかける。今夜は折り紙の夢を見ながら就寝するだろうと予感を抱きながらトレヴァーは伸びをした。果たして彼は次にどんな手紙を送ってくるのか?その答えは更に数週間が経過したウィンドンのホテルで判明する事となる。


 その手紙は一見すれば、何て事ないただの文章だった。恐らくエリックが最後に「勘が鋭い君なら分かってくれると信じている」と書かなければ、文面通りに受け取ってそのままレターボックスにしまっていたに違いない。敵に塩を送ったな、トレヴァーが再び文字の羅列に目を通す。そう言えば有名な暗号の解き方がいくつかあって、その中の一つに「数文字ごとに字を拾い出して繋ぎ合わせる」というものがあったような。
 早速それっぽい文章が出てくるまで文字を拾い、繋げる作業に入る。トレヴァーにとっては造作もない事だった。すぐに文章らしきものが浮かび上がる感覚を覚え、ホテルの備え付けのメモ帳に一文字ずつ文字を書いていくと、短文がそこに現れた。
「『君の今後を祈っている。どこまでも飛躍し、至高の存在になった瞬間を見届けたい』か」
 実に彼らしい文章に思わず笑みがこぼれる。そんなに自分が欲しいのならくれてやっても良いかもしれない、彼には自分のことをあれこれ語っているし、エリックの事もこの半年以上の期間で色々と知った。半ば冗談でもあり、本心でもある言葉を思いながらトレヴァーはテーブルに置かれたレターセットを手に取った。薄い黄緑色の便箋を中から取り出し、右手でペンを持つ。書く内容は決まっている。
「『待っていろ、そのうち頂点に登ってやるさ』……どうやって盛り込むかな」
 首を傾けながら便箋にペンを滑らせるトレヴァーの表情は、険しくも心穏やかだ。いかに普通の返事に見せかけて書くかを考える作業は頭を使うが、今回はきっと彼も電話越しにいつもの調子で「やってくれたな!」と言ってくれるに決まっている。そう考えただけでトレヴァーの心は浮き足立ったものに変わっていった。

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いつもの色々小説お題ったー(単語)で「「蛾」「いじわる」「いたちごっこ」がテーマのトレヴァーの話を作ってください。」とお題が出されたので書きました。
トレヴァーもエリックも可愛い奴らだって事が伝われば良い。
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