時には過去を紐解いて | ナノ
時には過去を紐解いて

 ごつごつした岩肌の壁の間を歩き続ける事数十分、右手側の視界で唐突に開けている箇所がある事に気が付いた。どうやら道が続いているらしく、文字が読めない程古ぼけた看板が側に立てられていたが、その道には「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙と共にロープ柵が掛けられて通れないようになっている。
 一体どこまで続いているのだろう。背筋を伸ばして遠くを見るようにすると、前を歩いていたトレヴァーがいつの間にか横に並んで立っていた。視線の先で謎の建物の煙突から煙がもうもうと上がる姿に彼の声が重なる。
「工場だよ、この先にある鉱山から掘り出した鉱石をエネルギーに変えている」
 成る程、と頷く。立ち入り禁止の理由が分かったところで、ここから更に進むのかとそのまま彼の顔を伺うと、どうやらまだ何か事情がある雰囲気が見てとれた。何かに集中したり、思い詰めている時のトレヴァーの眼差しにはいつもぎょっとさせられると共に、惹きつけらられるものを感じる。まるで炉という瞳の中で三角形の炎が揺らめいているような視線。彼の目は魔眼なんじゃないかと時々思う。
「ここは他に何があるんだい?」
「工場以外には何も。君も知っての通り、ここは五年前にテッカグヤ達が飛来してエネルギーを吸収していった場所だからね」
 確かに、見渡す限りの荒地にあるものなんてたかが知れている。ましてや別世界から来た面倒臭い存在達が荒らし回ったところとなれば、数年経って多少草花が生えただけマシになっていると言っても良い。脳裏によぎるのは当時キルクスの邸宅で父親が読んでいた新聞の見出しだ。『三番道路に迷惑集団!別世界からのウルトラビーストか』『ブラックナイトの再来!?』『テッカグヤの集団か 夏の夜の悪夢』
「そんなヤバい奴らと本当に渡り合ったのか?」
 半信半疑の疑問を投げかける。遠く離れた街でも暫く話題になっていた記事は、いつの間にか貴族や有名人のゴシップ群に押されていかに収束したかが分からないまま、メディアからひっそりと消え去った。メディアというのはいつもそうだ、話題になる瞬間だけニュースを取り上げて、その後までは追ってくれない。僕がこのニュースの結末を知ったのもトレヴァーの武勇伝からだった。
「まあ一応ね。知りたいんだろう、俺の事を」
「確かにそうは言ったけど」
 観光地以外で面白い場所を教えてくれ、と旅行でトレヴァーの街に訪れた時、真っ先に僕は彼に言った。昇降機で旧市街と新市街が分けられている独特の構造をなす蒸気の街は、代々トレヴァーの一族が治めているところである。そこは学生時代に何度か訪れた事もあり、普通の場所では満足できないたちになっていたのだ。それでふと、彼に問うた時にもう一つ考えた事があった。「トレヴァーの事を知りたい」と。
 密かにライバル視していた奴いつの間にかふらっと貴族の界隈から姿を消し、何をしているのかと思いきやパフォーマーとして各地を渡り歩く魔法使いになっていた衝撃を今も忘れてはいない。あまりの変貌ぶりは今も飲み込めていないのである。癪に障りすぎて彼を話のネタに小説の類でも書いてみようかと思っているくらいには。
「詩のネタにでもする気?」
「かもね」思わず目をそらす。彼の魔眼は心まで見透かすのだろうか?「許可が取れないなら書かないけど」
「君ならいくらでも話題にして良い」
 手をひらひらさせながらトレヴァーが小さく微笑む。彼の炎が好きだ。氷を操る種族である身故に変な考えだと思われそうだが、キュウコンやヒヒダルマだって、同じ種族で炎を操る種と氷を操る種がいる。炎と氷は表裏一体という見方をすればそこまでおかしくはない。それに彼の炎は温かく優しい、それが心地よく感じるのだ。
「今でも覚えている、五年前の事を──町中が大騒ぎで、勿論父さんや周りもてんてこ舞いだった。そんな様子を見て無謀にも俺はあの得体も知れない集団を追い払おうとした訳さ。何でそんな事をする気になったかは……若気の至りだったんじゃないかな。ともかく、俺はあのデカブツ達の元へ向かって元の場所へ帰ってくれと頼みに行った」
「よく生きて戻って来られたな」
「今も奇跡だって思う。きっとガキの戯言くらいに受け流されたんだと思うけど……奴らのボスはフォンバオっていうヘンテコな名前で、白いテッカグヤだった。そいつは俺を見て『子供だが聡明で度胸がある』とべた褒めしていた割に見下していた。多分両方の感情が彼女の中にあったから、俺は生きて戻って来れたんだろうな。取るに足らない面白い奴だったからこその奇跡さ」
「それから、どうなったんだ?」
「フォンバオは取るに足らない奴が出来っこない、とこんな難題を持ちかけてきた。『我々をあっと言わせたらガラルから出て行っても良い』と。どんな手段を使ってでも構わないから、我々を驚かせろって事だね。今思えばガラルの存亡をかけた事態に巻き込まれて、よく平気でいられたなと思うよ」
「いや、だってやってる事は魔王に立ち向かう勇者みたいな事だよね!?」
「本当、何でそこまで気に病まなかったんだろう……それから毎日彼らの元へ向かってあの手この手で驚かせようとしたけど、別に彼ら自体がそこまで悪い奴らには見えなかったんだよね。確かに地上のエネルギーを吸い取るのは俺たちからすれば勘弁してくれって話だけど、彼らだって生きるためには必死な訳だし……ただ場所を考えてくれというだけで。とにかく、そんな毎日が続く中で俺はテッカグヤの華麗な身のこなしや凄まじい火力に目を奪われるようになった。なんてダイナミックでカッコ良いのか!俺もあんなふうに炎や魔法を使えたら良いな……て。相手が誰であっても、美しいって気持ちは本物だったから、奴らと関わる中で俺はテッカグヤの技を見て盗むようになった。それはガラルや周辺国のサーカスやパフォーマーとは違う、オリエンタルで異世界的な動きで、見よう見まねで完璧にマスターできるものではなかったけど、動きや技を学ぶうちに俺はふと、“別な道”がある事に気付いた」
「別な道?」
「この身につけた技で、誰かを笑顔にできたら楽しいだろうなって思い始めたんだ。おかしな話だよ、俺は生まれた時から一族の当主として、一族とこの街をまとめ上げていかなきゃいかない使命を背負っているのに、一度そう思い始めたら止まらなくなってしまったんだ」
「そういう事だったのか……」
 彼がいきなり姿を消した理由が少しだけ腑に落ちた。使命と夢を天秤にかけて、トレヴァーは途方も無い時間悩みに悩み抜いたのだろう。それで夢を取った訳だが、実は今も使命は枷として彼の足元で重みを主張している。トレヴァーの従兄弟が次期当主になると正式に決まっても、彼は「本当にこれで良かったのか」と手紙に書いてよこしてきた事がある。僕からすれば夢に向かって突き進む彼の姿はどこまでも眩しく、清々しい。だからこそ一層彼の事を考えてしまうし、大切な相手として気持ちに整理がついてほしいと願ってしまう。だって彼のパフォーマンスは彼の父親にも認められていた筈なんだから。
「で、テッカグヤ達をあっと言わせる事はできたのか?」
「そうだね、俺は家に帰ってからこっそり技を練習して、ダンスの先生にも教えを乞いながら人生初のショーを開くことにした。場所は奴らの居座る荒地、俺を心配した住民達とテッカグヤ達が観客で……勿論、後のない命がけのパフォーマンスだから滅茶苦茶緊張したけど不思議と覚悟が決まっていた。あの夜は昨日のように思い出せるよ、空には星が煌めいて、観客達は騒ぎっぱなしで。でも俺がエーテルで炎の魔法を見せた時に会場は一気に静まり返った。確か竜退治の話を披露したんだ──俺自身が竜で、炎を騎士に見立ててさ。演じてるうちに緊張感はどこかに失せ、奴らとの約束も頭から吹っ飛んでいた。俺は誰よりも強く、誰よりも邪悪な悪魔の竜だって、多分感情移入してたんだと思う。ありったけ炎を吐いて、魔法を使いまくって。それで気がついた時に俺はマルヤクデに進化した姿で会場の中央に倒れていた」
 そこにいた観客達に思いを馳せながら唇を噛み締める。僕だってそのショーを間近で見たかった。彼の原点にもなったそれはきっと荒削りで稚拙なものだろう。きっと今この場にセレビィが現れたら「どうか五年前の夜に連れて行ってくれ」と懇願していたに違いない。ここでトレヴァーに頼んだら再現してくれそうだが、僕は今の洗練されたショーじゃなくて、原石だった頃の彼を知りたいのだ。
「パフォーマンスの間の観客の反応は覚えてないけど、目を覚ました時の反応は思い出せる。俺を子供のお遊戯会を見守るような目で見ていた人も、テッカグヤ達も皆笑顔で割れんばかりの拍手と歓声を送っていたんだ。多分あれがあったから俺はパフォーマーになろうって考える気になったんだと思う。だってあれを知ったらもう戻れないんだ……!今まで味わったことのない高揚感と興奮、アドレナリンが駆け回る感覚!もっともっと多くの人を魅了したいと思ったし、全員俺の炎で酔わせたくなった。それから……ふと視線を向けたら父さんと母さんが拍手をしながら声援を送っていたのも、今となっては良い思い出だよ」
 数年前に彼がパフォーマーとして姿を見せた瞬間が蘇る。師匠である水色のデンジュモクと共に舞台に立った時の堂々とした出で立ち、電気と炎が飛び交う非日常空間、歓声、拍手の音。それを苦々しく見守る緑の目のモスノウ。貴族という立場を投げ捨ててやりたい事がこれか?という気持ちを、トレヴァーは実力で覆してみせたのだ。きっと僕も彼の炎に酩酊しているのだろう。
「で、その武勇伝は本当なんだろうね」
「嘘だと思ったら図書館で当時の地方新聞を見てみると良い。覚えてるんだからな当時の見出し。『テッカグヤ去る 平穏な日常戻る』ってね」
 ふと『統治者一族の少年、街を守る』という見出しが新聞の一面を飾っている光景を思い浮かべ、ため息をついて目を伏せる。
「それから数年は大変だったよ、父さんはパフォーマーになるのを反対してたから家出するしかなかったし、師匠との日々も楽しかったけど厳しかった。独立した後も最初は客が全然つかなくて……」
 トレヴァーが工場の煙をぼーっと眺める。その目が煙を見てないことは明らかだった。僕も煙と空の境界に目を向ける。
「トレヴァー、もう僕に「パフォーマーの道を選んで良かったか」なんて手紙を送るなよ。僕はお前のパフォーマンスが好きなんだ。それに前も言った通り脳を焼かれている。焼かれすぎて今あるのは炭さ」
「炭!」トレヴァーが口を押さえて笑い出した。「それじゃ、炭すら残らないくらい燃やしてやろうか?」
「トレヴァーなら絶対できるって信じてる」
 はっとしたトレヴァーの目と僕の目が合う。その瞬間僕は彼を抱きしめてやりたい気持ちになった。僕と同じくらいの背丈で、同じ貴族の生まれ。でも育ちは全然違う。最初は同じ存在だと思っていたのに、と失望した気持ちは今は言葉に言い表せない感情に変わっていた。彼は僕の憧れで、それから……。
「ありがとう。それじゃ、そろそろ街に戻ろうか」
 にっと微笑んだ彼の眼差しに僕が何を思ったか、彼は知る由もないだろう。火照った顔を手で冷まし、不自然に高鳴る鼓動を無理やり抑えながら、僕は先導するトレヴァーの後を追う。まだ彼の案内は始まったばかりだ。次はどんな場所に行くのだろう、そして次にどんな彼に会えるのだろう。彼の炎のように靡く髪に触りたい気持ちを燻らせつつ、再び岩肌の壁の間を歩き出した時には日差しが少しずつ傾き始めていた。


 モトストークと呼ばれる街はいつ来ても活気に溢れていて、毎回足を踏み入れた瞬間気圧される。共存できるウルトラビースト達を真っ先に受け入れ、彼らの世界の科学力をいち早く取り入れることで独自の発展を遂げてきたスチームパンクの街。高地の旧市街から昇降機で新市街に降り立ち、きょろきょろと周りを見回しながらトレヴァーの後を追うと、彼が通りの一つに視線を向けた。
「あそこの紅茶、美味しいんだよ」
 その一言で入店した喫茶店でトレヴァーが頼んだのは、あろう事かコーヒーだった。あの誘い文句から流れるように置かれたコーヒーに目を白黒させつつ、僕は頼んだレモンティーで口を湿らせる。
「ここも君の思い出の地かい?」
「そうだね、ここは大切な友人達とこの街で集まる時によく使ってる」
「ウォルターとドンだな?」
 僕たちより年下のインテレオンとアーマーガアの少年達の存在は知っている。キルクスの邸宅で幽霊が出没し始めた時に頼ったのがこの二人だったのだ。どちらかと言えば魔法や怪異を消し去る力を持つウォルター目当てだったのだが、ドンも大いに活躍し、無事に幽霊を祓えた時に僕は二人に対して深々と頭を下げた。それだけじゃなく、パブで昼飯を奢った事も記憶に新しい。そんな彼らがトレヴァーと親しい事も知っているのは、昼飯を奢ったパブで電話の内容を聴いてしまったからである。
「で、どんな思い出が紡がれたんだ?」
「ここで彼らと仲良くなった」
 少年達と僕等二人は後日ウィンドンのパブで出会っており、それぞれに面識がある。僕が二人を知っている事をトレヴァーは気にも留めず、瞳の中の炎を揺らめかせながら少し前の出来事を想起し始めた。
「各地で武者修行をした俺は数年ぶりにこの街に戻ってきた。近くを通りかかった時に何となく、屋敷にいるグロリアが気になってね……あっグロリアは俺の従者で、当時は屋敷と俺のパイプ役みたいになってたポットデスなんだけど……ともかく、そんな訳でグロリアの様子を確かめたら、通過点としてさっさと通り過ぎる予定だったんだ」
「でも統治者ホリングワース一族のゴードルフ様が帰ってきたとなれば、町中大騒ぎにならないか?」
「勿論、大騒ぎになると思って魔法でペンドラーに変身した」
 ゴードルフというのはトレヴァーのファーストネームである。聖人から命名されたというゴテゴテした響きのこの名前を彼はひどく嫌い、親しい相手にはセカンドネームのトレヴァー呼びを徹底させている話がある。
「エーテルでちょっと体を覆えばあっという間さ。炎を見せなければ誰もマルヤクデなんて思わないだろうね。そんな姿でふらふら歩いていたら子供達に興味を持たれて、なし崩し的に街角でゲリラショーをやる事になって。あの二人は最初そのショーの観客だった。同じ年代くらいの何て事ない二人だなっていうのが最初の印象だった──でも後で握手した時にそうじゃないと分かった」
 ああ、と話の展開が読めた。ウォルターは体質含めて知る人ぞ知る相手だが、文字通り知る人ぞ知る、なのだ。特に当時はまだ彼らも駆け出しの冒険者だった時期。知名度は今よりも低い。トレヴァーがうっかり握手に応じてもおかしくはなかった。
「まあ、分かるだろう。ウォルターの手を握った瞬間装飾が剥がれ落ちるように魔法がバーっと解けて、慌てて俺は逃げ出した訳さ」
「それは災難だった」
「そんな俺を申し訳なく思った、てあの二人は追いかけてきてくれたんだ。だから俺はこの店に入って全てを話すことにした。本名はゴードルフ・トレヴァー・レドモンド・ホリングワース、魔法大学を卒業してパフォーマーの夢を父親に反対されて家出して二年も連絡を取ってない──グロリアには俺と連絡を取ってる事を伏せるよう伝えていた──、でも心のどこかでは親と仲直りするタイミングが欲しかったんだって」
「よく初対面の相手に話せたな」
「初対面で、今後人生に関わる事なんてないって思った相手だからこそだよ。結局今も仲が続いてるんだけど……」
 苦笑しながら湯気の立つコーヒーを啜るトレヴァーにつられて、こちらも氷の入ったレモンティーに口をつける。まるで週末の夜に楽しみにしているラジオドラマを聴いているようでワクワクしてきた。
「俺は言った。『もし俺を平和的に家族の元に帰せたらさっきの件は許してやっても良い』半ば冗談みたいなものさ、彼らの職業を知ってふと言ってみたくなった。そしたら何て言ったと思う?ウォルターが胸を叩いて『分かって、僕たちチーム・ラッシュに任せてよ』さ。それでドンが更に『その夢を親父さんに認めさせたら良い』て乗ってきて、あっという間にそういう話に行き着いた。でも……やっぱり父さんから『この家に生まれたことがお前の宿命だ』て言われたことが忘れられなくて」
 それか、と思った。トレヴァーが今もパフォーマーの夢に対して若干のノイズを抱いている理由。小さい頃に言われた言葉というのは、例え冗談だとしても深く心に突き刺さりやすいものである。これはもう時間をかけるか、また別なきっかけを作って解くしかない。何なら僕が何とかする?お節介だと言われても、彼の夢をもっと見ていたいのだ。きっと吹っ切れた状態であれば更に磨きがかかるに決まっている。
「それに俺の姿がバッチリ新聞に捕らえられて、新聞に載ったのがその翌日だった。ウォルターやドンと朝飯を食いながら新聞を読んでさ、最後の一文を見て思わずグシャって新聞紙を握りつぶしてしまったよ。父さんのコメントだったんだ。『二年間も遊び呆けていないで、次期当主として真面目に過ごせ』」
「酷すぎる!夢のために修行をしていたんだろう?」
「そりゃそうだ、それで改めて実力で黙らせようという方向性が決まって、最終的に街で小さなショーを開催する事にした。ホリングワースの名前で街中の会場を押さえて、後は開催日までひたすら特訓さ。ついでに二人にもショーを手伝ってもらう事にした。特にウォルターはダンスの才能があるから俺の相手をさせようと思ってね……ブラックナイトをモチーフにした演目でやるって決めたから、勇者役が欲しかったんだ。それから、グロリアにも色々と裏方として手伝ってもらったっけ」
 一世一代のショーの話題をしているにも関わらず、トレヴァーはどこか嬉しそうにはにかんでいた。大成功に終わったからか、それとも新たな友や信頼できる従者との楽しい思い出だからか。僕はその時何をやっていたっけと振り返る。確か大学の卒業論文関係でパルデアにいたんじゃなかろうか、つくづく無駄な時間を過ごしたものだと心の中で舌打ちする。ショーというのは録画すれば後からでも見返せるが、僕は会場で直に拝む事にこそ価値を見出す男なのだ。それにブラックナイトでピンと来たものがある。これはトレヴァーの演目の十八番「プロミネンスドラゴン」の原型ではないだろうか?
「それで、ショーの当日肝心の家族は来たのかい?」
「いた。母さんは心配してくれたけど、父さんとは何も言わないまま別れたね。ショックだったよ。でもショーはやらなければならない、父さん以外にも観客はいるんだから。それにその時のは思い入れのある演目だったんだ。熱心なファンなら何のプロトタイプか分かるだろう……?」
 僕は頭に思い浮かんだことをそのまま伝えた。果たして答えはその通りで、うんうんとご機嫌に頷きながらトレヴァーはコーヒーを半分飲み干した。「プロミネンスドラゴン」が色鮮やかな炎を身にまとった竜(炎は魔法と炎色反応を使って色付けしている)がガラルを焼き尽くし、雲海へと去る話なのはパフォーマーのトレヴァーを追っかけているなら常識となっている。
「ウォルターがいたから、終盤でバトルを取り入れようって話になってさ。ウォルターには俺を倒すことだけ考えるようにって言った。『君が勝てば?』『自分の勝敗だけ気にするんだ、本気で茶番をやっても気付く奴は気付く。どちらが勝つか分からないぶつかり合いをやってこそ、観客の心を揺さぶれる』なんて話したりしてさ。どんな演目にするか考えている時は楽しかったよ」
 ああ、ますます当時無理を言ってガラルに帰るべきだった。今ディアルガが目の前に現れたら頭を下げて当時のショーの日に連れて行ってくれと懇願するだろう。それとも仕方ないが後でビデオテープに残されていないか聞いてみようか。あれを見てこそトレヴァーの真髄が分かる気がしてならないのだ。
「で、当日のショーなんだけど、あれは忘れられない日の一つになったよ……ウォルターとドン、彼らと最高のショーを演じられる事が楽しかった。これが終わった後もどこかでまた会えないだろうか?てショーの間心の底から願いっぱなしだった。だから終盤全力でウォルターにも挑んでやろうと思って、ダイマックスも披露してみせた。無論ウォルターもそれに応じてくれて」
「まさか「生涯で一番のショーだった」と言わないだろうな?」
「どうだろうね。俺はどの公演も生涯で一番だと思ってやってるから、エリックが考えているものが一番で良いんじゃないかな」
 実に上手いかわされ方だった。お陰で僕の後悔は微々たるものだが、少しだけ和らいだのを感じた。そのショーの山場は勇者役のウォルターの勝利で幕を閉じ、竜を演じていたトレヴァーは手負いの竜らしく舞台に引っ込んで終わったという。
「出来ることは全てやった。ウォルターには負けたけど、パフォーマンスも含めて全力を出し切ったんだから悔いはなかった。正直、全力を出しすぎてて意識が朦朧としてたからそれから暫くどうなったかは覚えてないんだけど、父さんが今回の俺を見て認めてくれなかったら潔く家を離れようと思っていたのは覚えている」
 トレヴァーは数日間懐かしき屋敷で療養したという。そして手厚い看病で疲労や傷の癒えた彼は父親の書斎に呼ばれ、緊張の面持ちで彼の元へ向かう事になる。
「何て言われるか気が気でなかったよ。これがダメなら俺は街にも一生足を運ばないと決めていた。意を決して扉を開けるとテーブルに父さんが座ってて、俺は言ったんだ。『俺の所業は好きなように裁いて欲しい』父さんは暫く考え込んだ。この時間が苦痛だったのは言うまでもない。それでようやく父さんは息をついて俺を側に招き寄せた。『お前がやりたい事が痛いほど伝わった、パフォーマーになって大成して来い』そして握手をしてくれた。それだけで充分だった。身体中から力が抜けて思わず膝から崩れ落ちたよね」
 トレヴァーが目線を下に向けた。僕は何も言わなかった。炎のような前髪からのぞく瞳が陽炎のように揺らめいている姿を見れば、当分放っておいた方が良いと誰だって思うはずだ。だから彼が再び顔を上げるまでの間、僕はなるべく店内の様子が気になる素ぶりを見せながらレモンティーをちびりちびりと飲む事に徹した。
 やがてトレヴァーが顔を上げて、炉の炎が赤々と輝いているのを確認してやっと僕は口を開けた。
「ほら見ろトレヴァー、君はパフォーマーとして飛び回るべきだ。家のことは何も考えず、存分に自分を魅せれば良い。」
「……そうだね」
「とにかく僕を失望させる演目を見せたらファンをやめるからな」
「参ったな」
 その言葉を引き出せただけでも良しとしよう。後は彼がどう気持ちを整理するかである。もっとも結果なんて見えている。だから僕はこれ以上この話題については聞かないと決めた。
「それで、トレヴァーもウォルター達のチームのお仲間になったって訳?」
「そういう事。平和的に家族の元に返してくれたんだから、借りが出来てしまってさ。二人は君の実力だと言ってたけど、俺の気持ちを後押ししてくれたのは二人だったのに変わりはないから、俺も手を貸せる時はチーム・ラッシュとして活動したいと言って今に至るって訳」
 トレヴァーが残っていたコーヒーを一気に飲み干した。生き生きとする彼の姿は相変わらず僕の憧れだ。家の事に追われながらも自分を出せる場を作ろうと詩を書き始めたのも彼の影響だし、きっと僕は今後も彼に焼かれ続けるだろう。炭どころか灰になるまで。流石に何も残らずに消えるのは困る。
「君の炎が好きだ」彼の美しい髪を撫でてやりたい、うなじに触れたい気持ちの代わりに口に出す。この先僕は一生言い続けるだろう。
「俺に毎回熱心に手紙を贈ってくれるのは君だけだ。凄く嬉しい」
「君が望むならもっと分厚い量を贈っても良い」
「量より質で贈って欲しいな、言葉も手紙も」
 僕たちは顔を見合わせてフフッと笑った。トレヴァーも同じ気持ちならどれだけ幸せだろうと心にもないことを願ってしまい、またも体の火照る感覚にビクッとした事に目をつぶれば、この場は穏やかな心地に包まれていた。次は僕の街へトレヴァーを呼んで僕の思い出を聞かせてやろう。それくらいしなければ今の彼は満足しないのが目に見えている。
「次俺がキルクスに来る時は案内してくれるかい」
「勿論」
 話が一段落ついたところで、トレヴァーはトイレで離席した。ふと手元のレモンティーを見れば氷は既に消え失せている。飲み食いが遅いと言われても仕方ない、少食なんだから大目に見てくれといつも周りには言っているが、トレヴァーにはまだ言ってないと気が付いた。それが当たり前だと認めてくれる事がどれだけ嬉しいか!
 残ったレモンティー水を飲んでいると、ふと店の片隅にある雑誌置き場が目に留まった。トレヴァーを待つ間の暇つぶしには丁度良い、一冊手にとってパラパラめくっていると、ある記事で手が止まった。『セドリック氏、息子を語る』の見出しで始まる記事は、この街の統治者一族の現当主であるセドリック──トレヴァーの父親についてのインタビュー記事であり、彼がガラル琉の皮肉に飛んだジョークを飛ばしながらトレヴァーを語っている内容だった。
「『トレヴァーの写ってる新聞や雑誌を切り抜いてスクラップにしていた』……?」
 それだけじゃない、トレヴァーの母親のインタビュー記事も読んでいると、そこには「セドリック氏がテレビでトレヴァーが映っているとそこだけ食い入るように見ていた」とあるではないか。もう一度セドリック氏のインタビュー記事にページを戻す。そこはこんな文面で締めくくられていた。「あれだけ反発していたから、これが彼に知られたら恥ずかしさでどうにかなるだろう」
 思わず僕は満面の笑みで彼の去ったトイレへと視線を移した。いつになったら戻ってくるのか分からない彼が再び着席する姿を、その後で彼がどんな表情を見せてくれるかを楽しみにしながら。

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トレヴァーの設定ページに繋げていた経歴の文章を編集し直したものです。彼がパフォーマーを目指すようになった理由とウォルター達と出会った時の話。
エリックとの関係もなんとなく分かれば嬉しい。
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