貴女に似合う色 | ナノ
貴女に似合う色

 揚げ物の香ばしさやエスニック料理の香辛料の香りが鼻をそそる。見渡す限り食料品店や屋台に囲まれた由緒正しき食料品のマーケットはいつ足を運んでも煌びやかで魅力的な食べ物が並んでおり、二重の意味で新鮮な出会いが待っている。そんな空間がオーレリアは好きだ。
 見てみて、と横にいる同行者に教えるようにパエリアを指差してみたり、かと思えば複数の桶いっぱいに敷き詰められたオリーブに気を取られて通行人にぶつかりそうになったりと、能天気でお気楽なオーレリアは初めてこの場を訪れた観光客のように目を輝かせる。無防備にも見えるその姿は心配性の姉コーネリアがこの場にいれば「淑女らしく振舞いなさい」と散々小言を言われていただろう。ましてやついさっきのチキンブリトーで満腹に近い状態であれば尚更である。
「次はどこへ行く?」
 そんなオーレリアがいつもの危なっかしい様子を見せられるのは、数歩後ろを歩くシノノメの姿があるからだった。血液を思わせる赤く鋭い瞳は伏せられているが、病的なまでに白い肌と全身が黒に包まれたファッション、適齢の淑女の手に握られているのには似つかわしくないシンプルな漆黒の日傘といった出で立ちを見れば、彼女の裏の顔を知らなくても誰も手出ししようとはしないだろう。言葉を選んで語るならクァーキーな、ストレートに言うならヴァンパイアチックなゲッコウガが控えている以上、その連れのオーレリアにも悪い虫のつく隙は一切無かった。
「オーレリアの行きたいところなら、何処へでも」
「それじゃブティックの通りへ行こう!私欲しい服があるの」
 屋根のついたマーケットから外へ一歩踏み出せば、待ってましたとばかりに日差しが一気に二人の方へと注がれる。各々が日傘をさしたことを確認すると、二人はまた同じ間隔で歩き始めた。先導するオーレリアは相変わらず浮き足立った様子を見せており、後を歩くシノノメはやれやれと息を吐く。ただの友人同士の集まりなのに、これでは主従のようである。先程もオーレリアにブリトーを奢ったり、彼女に近寄る輩を一睨みで退散させたりしているが、今度は荷物持ちもさせられそうである。もっとも、屈託のない笑みを浮かべる親友の頼みならいくらでも聞いてあげる所存でいるのだが。
 レンガ造りの様々な店が立ち並ぶ小さな通りを歩きながらも二人の会話は続く。その構図はブリトー分のカロリーを消費する勢いで話をするオーレリアと、時々相槌を打つシノノメで変わることはなく、相変わらずぎらつく太陽に傘で対抗しながらブティックの通りへと向かっていた。
「シノノメさんは行くの初めてだよね?」
「まあ、デスね」
 近所の得意先の服飾店か、大衆向けの百貨店に入ったチェーン店でしか服を購入しないシノノメにとって、これから行く場所は未知の領域だった。それでもメインはオーレリアの買い物なのだから、気負いするつもりはない。いつも通り彼女の後をついて回るだけである。すれ違ったイオルブの少年がこちらを見てギョッとした反応を見せるのを尻目に、シノノメはレースのチュニックの裾を直した。
 一方のオーレリアはすごすごと逃げるように去る少年と後ろのシノノメを交互に見やり、何かを思案する様子を見せつつマイペースに歩を進めていた。
「ねえ、どうしてシノノメさんは黒ずくめの服ばかり着ているの?」
 そして話題が途切れたタイミングで疑問を口にする。オーレリアが歩く速度を微妙に調整しながら二人が横並びになったところで、シノノメが伏し目がちな赤い瞳をオーレリアに向けた。
「オーレリアを守る為デス」
「ふふっありがとう。それで本音は?」
「……そりゃあ黒しか似合わないから、デスよ」
 こんな白い肌じゃあ、と自嘲気味に続けるシノノメの肌は確かに色白を通り越してどこまでも白い。ヴァンパイアみたいだ、が彼女の禁句なら文字通り大理石のような白さと例えるしかないくらいだ。それもそうだ、とオーレリアは頷きながら親友の顔を覗き込む。つば広の黒い帽子と日傘の影で辛うじて見えた彼女は、いつもの飄々としたものではなくどこか自信ない表情を浮かべていた。一見強そうに見えるシノノメさんが抱えるコンプレックスをオーレリアは理解しているので、今更その事を指摘しようとは思わなかった。
「確かに色白に黒ってよく似合うから、とっても合ってるけど何だか勿体無いなーって思っちゃって」
「と言うと?」
「折角だし、シノノメさんも服を買ってみたら?そろそろ通りに着く頃だし」
 ハッとシノノメの赤い瞳が見開き、すぐにまた伏せられる。力持ちのシノノメに持てない分の荷物を持たせる気ではいるが、オーレリアは彼女を完全な荷物持ちとしては見てなかった。あの気弱な少年を見て感じたのである。シノノメさんだって少しは印象を変えられるんじゃないか……と。
「黒ばかりの服を?」
「ううん、もっと色々な色を!シノノメさんは見た感じブルベ寄りの色白だから、ロイヤルブルーとか濃いグレーとか、そういう色が合うと思うの。私が選んであげる」
 弾んだ声と柔らかな笑みを見せるオーレリアに、シノノメは少しだけ口角をあげてみせた。彼女が何を思っているかは知らないが、提案自体は悪くない。色々な事で頭がいっぱいな身に、オーレリアという存在は世界を広げてくれる良い相手だ。実のところ服装なんて黒一色で充分だと思っていたのだが、彼女にそう言われては乗ってみるかという気持ちになる。しかし自分の問題が重なってくると、途端に足どりが重くなる。
「でも、私みたいなのが店の中に入っても……」
「大丈夫、シノノメさんよりもっとヤバい相手だって歩いてる通りだよ?今更すぎるって!」
「待って私よりもってどういう」
「兎に角、行ってみれば分かるから!ブリトーのお礼もあるし、今日は目一杯付き合うよ!」
 そう言うな否やオーレリアは空いた片手でシノノメの手を取り、ハイヒールの音を響かせながら小走りに駆けていく。一瞬引っ張られた拍子にバランスを崩しかけるも、すぐ体勢を整えてシノノメも彼女に続く。
 オーレリアはいつもこうだ。一見マイペースで周りが見えていないようで、実は他人を良く見ている。淀んだものばかり見てきた視野の狭い、どうしようもない自分に自然体で接してくれる数少ない相手。目の離せない部分はあれど、彼女の存在に救われている面もなくはないし、こうして無邪気な笑顔を見せられると、不思議と心が温まるのを感じた。
 通りの看板が見えてきた辺りでシノノメはぽつりと言葉を口にした。ありがとう、と只無意識に。その言葉がオーレリアの耳に入ったかは分からないが、彼女はこちらを振り返ると、あの店が特におすすめなんだよ!といつもの調子で日傘をおしゃれなショーウィンドウの店に突きつけた。

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いつもの色々小説お題ったー(単語)で「「買い物」「日傘」「ブラック」がテーマのシノノメの話を作ってください。」とお題が出されたので書きました。
うちの子をバラ・マーケットに突っ込みたかったなどと供述してたりしてなかったり。
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