甘苦いキャラメルにとけて | ナノ
甘苦いキャラメルにとけて

 白地におしゃれな黒いフレームが囲ってるメモにびっしりと書かれた数式。子供ながらのたどたどしい筆跡でフレームをはみ出す勢いながら几帳面さが字面からも見えるそれをオーレリアが見つけたのは、魔法学の課題で分からないところを調べようと姉のコーネリアの参考書を借りた時だった。
 流石自分よりもエリートでガラル有数の魔法学の高校に通う学生が使う書籍だ、手持ちの参考書よりも遥かに役立つ、と頷きながらぱらぱらページをめくって目が合ったのが始まりだった。以前数学の参考書を借りた時も同様に数式が細かく書かれたメモが挟まれており、彼女のガリ勉ぶりに目を見張ったが、今回は数学のそれではない。
「変化の魔法の術式……?」魔法使いだからこそ分かる意味に首を傾げる。
 そういえばこの参考書は小さい頃には既に家にあったもので、コーネリアはまだ周りが基礎魔法に手間取る時期から食い入るように読んでいたような。まだ彼女と瓜二つだと良く言われていたマホミルだった頃の記憶がぼんやりと蘇る。そもそも食い入るように読んでいたのは理由があったはず。数多くの色に進化する可能性のある我々にとって「なりたい色になれるか」は人生最初にして最大の博打だと言われている。それはオーレリアもコーネリアも同様で、小さい頃のオーレリアは可愛らしいピンク色のミルキィルビーになるのが夢だった。そしてコーネリアは__知的な青色のミルキィミントになりたがっていたのだ。
「ネリーって昔から青大好きだったもんねぇ」
 当時の遊び相手で、今は棚にちょこんと鎮座する二つのメガサーナイトの人形も、青い頭の方は真っ先にネリー_コーネリアの愛称である_に取られたくらいだ。苦笑しつつ更にページをめくると他のページにも魔法の術式が書かれたメモが何枚か挟まれていた。効率的な細胞組み換えの術式、光の屈折による変化の術式、色変えの仕組みについて。事実を覆せない足掻きにオーレリアはふうっとため息をつく。
「ここまで来ると狂気の沙汰だね」
 オーレリアの脳裏には数年前マホイップに進化した時の様子が浮かんでいた___ネリーと私は同時に進化したが、二人ともそれぞれがなりたかった色ではなかった。私はレモンの黄色も明るく元気な可愛らしい色ですぐに気に入ったのだが、ネリーの落ち込みようったら!いつもすまし顔でつんとした彼女がこの時はひどく沈んでしまい、「あなたみたいな能天気には分からないわ!」と魔法学の本片手に数日間部屋に閉じこもってしまったのだ。進化前から青くなりたくてミントを齧るという、コーネリアにしては突飛な行動にも走っていた程だ。最大の博打に負けたショックの計り知れなさはお気楽なオーレリアにも想像つく。
 部屋から出てこない姉にあの時は体にキノコでも生やしたいのかと思っていたが……。オーレリアはたまに同じ親から生まれた近い存在が分からなくなる。

「あら、もういいの?」
「うん、調べ物はだいたい終わったし」
 コーネリアの部屋は他の部屋と同じくクリーム色やベージュを貴重としたアンティークな内装ながら、ところどころに青が散りばめられている。水色のカーテン、瑠璃色のランプ台、ターコイズ色のベッド……相変わらずの拘りにオーレリアは口角を上げる。
「ネリー、私はキャラメルの色も悪くないと思うよ」
「何の話?」
 怪訝な顔で参考書を受け取ったコーネリアの目がさっと変わった。それぞれのメモがどのページに挟んであったか分からなくなり、全部まとめて最初のページに挟んだ上存在を主張するように少しだけ上をはみ出していれば嫌でも気付いてしまうものだ。
「ちょっとこれ、昔のやつじゃない!あなた何見てるのよ」
「不用意に挟みっぱなしなネリーが悪いんじゃない?それに進化した色は一生物だよ」
「その事は数年前のあたしに言うべきね」
「言ったら『そんなの分かってる!』て返されたけど」
 長いため息。ばつの悪い表情を浮かべて目を逸らすコーネリアが、今はもう一生この茶色を受け止める覚悟を決めているのは数年前から知っている。オーレリアがそれを知っているからこそコーネリアもますます口を横に引くのだった。
「確かにあたしも最初は地味だし最悪だと思ったわ。何度も運命を恨んだし。でもご飯食べてる時や寝る時歯磨き粉の匂いに悩まされるよりはずっとマシだと思ったの」
「それもそうだ!」
 顔色ひとつ変えず、さらっと語るコーネリアにオーレリアも思わず手を叩いて吹き出した。油物を食べる時ならまだしも、サラダやお菓子を食べる時は地獄だ。それなら甘くて苦いキャラメルの匂いの方が良い。
「この色だって最高よ、オーレリア。青と同じくらい落ち着く色で、あたしにぴったりだもの」
 それでこそ前向きでいつも余裕なネリーだ。かき上げたふわっとしたセミロングの茶髪に玻璃のような深い青の瞳。自分の黄色と紫と同じくらいコーネリアの茶色と青もよく似合う。
「さすがネリー」
 これだからネリーは自慢の姉なのだ。どちらからともなくふふふっと笑い出したマホイップの姉妹はオーレリアが課題の存在を思い出すまでくすくす笑い合った。

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姉妹二人の関係性だったり、コーネリアの過去が少しでも伝われば嬉しい。
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