贈り物 | ナノ
贈り物

 グロリアは迷っていた。
 目の前のテーブルの上に置かれた黒い布が敷き詰められた木箱にはたくさんの耳飾りが収められており、彼女の視線はその混沌の中の二つに向けられている。
 三つ葉のイヤリングと四つ葉のピアス。どちらも金属の装飾が美しいアンティークもので、いかにも主人が喜びそうな耳飾りだ。
「幸運といえば四つ葉だけど……」
 二つを手に取り比べながらふうっとため息をつく。四つ葉のクローバーといえば幸運の象徴である事は小さい頃から当たり前に知っている。何万分の一の確率でしか生えない云々と聞いたが、問題はピアスという形状だった。グロリアは以前背伸びしつつもまだあどけない面の残る彼が何気なく口にした言葉を忘れていなかった。
「ピアスか……気になるけど、怖くて手は出せないな。他の階級だと俺くらいの年齢で耳空けてる人もそこそこいるみたいだけど」
 これはそんな彼トレヴァーへの日頃の感謝を込めたプレゼント候補の一つなのだ。あちこちの雑貨屋を巡り、思案しながらたまたま通った場所のマーケットでようやくこれだとピンと来た二つがこの耳飾り達だった。予算的にも買うのはどちらか一つだ。再びため息をつく。
 トレヴァーくらいの多感な時期の若者は、猫も杓子も耳に穴を空け、ハードロックやパンク、ヒップホップを愛聴し、若者同士集まって夜まで遊び騒ぐのが所謂中流階級や労働者階級に囲まれて育ったグロリアの認識であり、彼女自身も使用人学校に通っていた頃は、学校に内緒でピアスを空けて街中でギターをかき鳴らしていた。
 だがトレヴァーは代々続く由緒正しきモトストークの統治者一族ホリングワース一族の子息であり、世俗的なものにあまり触れず育った正真正銘のお坊ちゃんなのだ。自室にプログレッシヴロックを流し、古典文学や魔法の論文に読みふける少年が世間で不良と蔑まれる行為をやるだろうか?ちなみに彼が普段身につける耳飾りもイヤリングである。
 となると三つ葉のイヤリングが贈り物に妥当だが、三つ葉に何か特別な意味合いが込められているとは聞いていない。聞いていないが、悩む彼女の頭に贈り物を受け取る少年の顔と、彼と出会った日のことが思い浮かんだ。
「何もなくても、私にとってはこれが一番だわ」
 両者は葉っぱの数が違うだけで形状はほぼそっくりだった。四つ葉のピアスを木箱に戻して胸元のブローチに視線を落とす。トレヴァー坊ちゃんと出会った日に彼からもらったそれは、値打ちとしてはそこまでのものではないが、グロリアにとってはガラルの王室に伝わる王冠よりもはるかに価値のあるお守りだった。

「三つ葉は隣の島国ではシャムロックと言われて、四つ葉同様幸せの象徴なんだよ。ガラルでも数百年前までは同じことを言われてたはず」
「まあ、そうなのね」
「確か向こうの国では信仰、希望、愛を意味するとか、そういうことも聞いたな」
 実家の自室でくつろぐトレヴァーは、グロリアの贈り物の袋を開いた瞬間目を細め、まるで新種のポケモンを紹介する博士のように彼女に語った。
「知らなかったわ、坊ちゃんに仕えている身でありながら……私もまだ未熟ね」
「いやいや、今のガラルなら占いや魔法に精通するなら知ってるかもしれないって話さ。それに逸話が無くたって、グロリアからもらったものなら何でも価値があるよ」
 まるで全てを見透かしているような目でトレヴァーに見つめられる。彼にとってもグロリアからの贈り物は神からの賜り物に等しいのだ。我が主人の道に幸が多からんことを。イヤリングに込めた思いに彼が気付こうが気付かまいが、贈り物を受け入れてくれるだけでグロリアは幸せだった。
 赤や茶色といった暖色を好むトレヴァーに緑は良いアクセントになる。早速身につけたトレヴァーが似合う会、と言いたげに三つ葉の揺れる耳をグロリアに向けた。
「とても良く似合っているわ」
「へへっ……」
 昔から誰に対しても紳士然とする彼が破顔する瞬間は、実の親も早々拝めないと語っていた。私の前では時々向けてくれるのだけれどね。卓上サイズのスタンドミラーを見ながら少年のようにはしゃぐトレヴァーが愛おしくて、ふとグロリアは半ば独り言のように呟いてみる。
「トレヴァー坊ちゃんは耳に穴を空けようなんて考えないわよね」
「ん?」
 明らかに聞いてないのが見て取れる、きょとんとした顔を主人に向けられたが、何でもないといつものように微笑んでみせた。

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色々小説お題ったー(単語)の話でした。テーマは「四つ葉」「ピアス」「猫も杓子も」
庶民的なグロリアと貴族の御曹司トレヴァーの間には身分の違いがあれど、強い絆というものがあります。
トレヴァーにとってグロリアは姉のような親のような頼れる存在であり、しっかりとトレヴァーという少年に向き合ってくれるので、彼女をとても信頼している。一方のグロリアもトレヴァーのまっすぐなところに惹かれており、彼の夢の手伝いをする事に喜びを感じています。
そんな主従の関係性良い……と最近読み返して思いました。
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