雪の街の朝 | ナノ
雪の街の朝

 キルクスタウン。街全体が文化遺産のこの街は雪の降る季節になると、温泉を求めて上流階級が訪れる避寒地となる。そんな街にある、古代の異国情緒溢れる列柱が立ち並ぶ通りを白い息を吐きながら歩く一つの影。炎のような長い髪を揺らし、マルーンの厚手のコートをしっかり羽織りながら淡く落ち着いた色合いの街を興味深げに眺め回すマルヤクデ、トレヴァーもまた家族と共に保養目的で訪れた上流階級の出身である。彼の赤は降りしきる雪の白と、日を浴びて輝く建物の蜂蜜色の石と見事に調和し、綺麗なコントラストを生み出しているが、本人は街並みの物珍しさに気を取られて映える美しさに気付いていない。
「大昔ガラルを征服した国の文化だっけ、ガラルじゃないみたい……良いところだな」
 蝋燭の火がゆらめくような瞳をきらきらさせて感嘆の声を漏らす。パフォーマーとして今までも多くの街を渡り歩いてきた彼だが、この街をじっくりと探索するのは初めてだった。各家庭の朝食が終わって少し経ったくらいの時間帯で、本来なら少しずつ街の外で観光を楽しむ貴族達を見かけ始める頃合いだが、今日は一段と冷える日だからか、雪遊びをする現地の子供達やこおりタイプ、ほのおタイプしか見かけない。それ以外のポケモンが寒さに負けて暖かい建物の中でぬくぬくする気温がトレヴァーにとっては寧ろちょうど良かった。静かに、心穏やかに蜂蜜色の街を堪能できるのは有難い。
 彼が街を歩くのは暇つぶしも兼ねてだった。地元の統治者一族主催の社交パーティーまでのあり余る時間を、ホテルの中で本を読んで過ごすだけではもったいない気がしたのだ。とは言えかつて英雄が湯治に訪れたとされる街のシンボルとも言える古代の巨大浴場は初日に浸かっている。その近くにある古代の神殿跡や中世の修道院にも既に足を運んだ。ここに来てまで映画館に入ろうとは思わないし、この時間なら来た道を少し戻れば街中の美術館の開館時間ぴったりに着けるのではないだろうか。
 コートの中から地図を取り出し、開こうとした瞬間、彼の耳に聞き慣れた声が入った。
「坊ちゃん、此処にいたの」
「グロリア」いつの間にか隣にいたポットデスの従僕に思わず表情が柔らかくなる。
 トレヴァーが少年の頃から面倒を見てくれている彼女も、流石にこの寒さの中では白いコートにナイルブルーのマフラーと重装備だ。心なしかいつもより顔が青白く見えて不安になったが「ゴーストタイプだからそう見えるだけ」と軽く返され、やや釈然としないがそれ以上の追求はしなかった。
「それより、旦那様や奥方様がここから少し歩いた先の温泉に向かうので、トレヴァー坊ちゃんも一緒に行きますか? と」
「言伝か、寒い中ありがとう。どうしようかな」
 グロリアが指した場所は建設されたばかりの温泉施設だった。真新しさにトレヴァーも気になっていた場所である。パーティーまでに温泉に入りたいとは考えていたが、今行くか後に回すか。
 と、視線をグロリアに合わせた瞬間、彼女の手提げカバンに見慣れぬものがついているのがトレヴァーの目に入った。普段アクセサリーを付けない彼女にしては珍しく、可愛らしいユキハミのキーホルダーが小さいながら存在感を示している。思わず手に取ると手袋越しでもぷにぷにとした触感が伝わった。
「ふふっ、気になった? 近くの土産物屋のよ。この街ユキハミとダルマッカが人気なんですって」
「へぇ、雪の街ならではだね。にしてもこれ餅みたいでかわいいな」
「モチ? 」ガラルの一般人にとっては馴染みの薄い言葉にグロリアが首をかしげる。
「えっと、ライスケーキって言えばいいのかな、カントーやジョウトの食べ物。俺一度食べたことあるから分かるけど、ちょうどこんな感じに丸くて白くてむにむにしているんだよ」
 ユキハミのキーホルダーをつつきながらいつかの年明けを思い出す。グロリアと出会う前東洋のレストランに連れて行かれて食べたのだが、角ばった米のそれが網焼きされて風船のように膨らんだあの瞬間の驚きは今も鮮明に覚えている。
「世界にはまだ知らないものがたくさんあるのね」
 グロリアもまじまじとカバンのキーホルダーを見つめる。仕事でガラル以外の国に行く事もあるが、いつだって新しい発見がある。父親はよく世界の知らないものに触れて見聞を広めろと言うが、言われなくても好奇心がある限りトレヴァーは世界中の様々なものや文化に触れて楽しみ尽くすつもりでいる。もちろん今だってそうだ。心の中の天秤が美術館に傾いた音がした。
「ありがとうグロリア、面白いものを見れたよ。父さんと母さんには後で行くって伝えてくれないかな。行きたいところがあって」
「分かったわ、この道雪で滑るから気をつけるのよ」
 グロリアに別れを告げるとトレヴァーは来た道を戻り始める。雪と氷に覆われた石畳に足を取られないよう慎重に歩いていると、冷たい風が彼を撫で上げたがほのおタイプだから多少は平気だ。温泉に癒されるのも良いが建物の中で暖を取りながら世界の知らないものを堪能するのも同じくらい良い。顔を上げると美術館の行き先を示す看板に描かれたユキハミと目が合い、思わずトレヴァーは口角を上げた。

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色々小説お題ったー(単語)の話でした。テーマは「餅」「雪」「蜂蜜」
街の元ネタになったバースは一度訪れてみたい場所。サーメ・バース・スパとか行ってみたい。
余談だが蜂蜜色の街といえばコッツウォルズもそれなんだが、あれは……ガラルで該当する場所が無くて思いつかないので没った裏話がある。
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