ガラルの空の鉄籠車 | ナノ
ガラルの空の鉄籠車

 ガラルの空の足といえばアーマーガアタクシーだ。黒光りな鎧を纏う大きなワタリガラスが黒光りな鉄籠状の車を足に抱えて飛び回る姿は、最早ガラルの風物詩とも言える。空を見上げれば翼を持つポケモンが自前の翼で飛翔する光景も見られるが、そんなポケモンですら地理や気流、天候等あらゆる部門を熟知した飛行のプロに任せて羽を休める程、アーマーガアタクシーは信頼が厚い。
「おお……」
 ある日の上空、建物やポケモンが豆粒に見える高度からインテレオンの少年が感嘆の声を漏らす姿があった。首元の赤いスカーフが窓からの隙間風で揺れる。
 このウォルター少年は不運にもワイルドエリアでの仕事帰りに電車に乗ろうとしたところ、ストライキ真っ最中の憂き目に遭い仕方なく少々割高なタクシーに頼ったのだった。乗った直後はぼんやり外を眺めながら今日の仕事を思い返したり、交通費を経費で落とせるか考えていたが、ぐんぐん高度を上げる鉄籠の揺れや遠ざかる大地の景色に思考は即座にかき消された。
『お客さん、落ちないでくださいね。ここからじゃ真っ逆さまですよ』
  鉄籠の天井に取り付けられたスピーカーからアーマーガアの鳴き声がする。ガラルの地の血をひく者は相手が人の姿でなくても意思疎通ができる。他の地域ではある程度親密でないとできない、違う種族の鳴き声を聞き分ける芸当はガラルで生まれ育ったウォルターにとっては朝飯前である。
「落ちたら背中の膜で滑空してやりますよ……あの、ちょっとタクシーに乗ったのが初めてで」
 窓のレバーを上げながら顔を車内に戻す。こちらから話す場合は前方に備え付けられたボタンを押す事で運転手と繋がる。
『それは珍しい、お客さんくらいの歳なら何回か利用しててもおかしくない気がしますがねえ』
「身近にいるダチをタクシー代わりに乗り回してたんです。同じアーマーガアなんで」
 ウォルターの脳裏に自分より一回り大きな親友ドンの広い背中が浮かび上がる。彼の飛行は荒っぽく、進化前のアオガラスの頃から乗り回している身でありながらたまに吐き気を催す。その上高度が高ければ風の流れを直に受け、息ができない事も一度や二度ではなかった。それに比べてタクシーはどうだ――ふかふかの座席に風や衝撃から守ってくれる鉄の塊に強化ガラス、それを抱えて飛翔する逞しい飛行の専門家。スリルには欠けるが快適な空の移動も悪くない。増して仕事疲れでゆっくり体を休めたい時には尚更だ。
 ガアガアガアと渋く濁ったカラスの笑い声と共にそれは結構、と上から聞こえたのを半分聞き流しながらウォルターは眼下に広がる光景にオレンジの目を輝かせる。目まぐるしく変わる下界は砂漠を抜け、城郭都市を飛び越え、丘陵地帯へ向かおうとしている。その先の大きな街の一角に家があるのだ。
『お客さん、ダチの背中に乗るのとどうですか?』
「何かにしがみ続ける事も無いし、何の心配もなく穏やかに空を楽しめるって最高だと思います! 」
『そいつは良かった、初めての客の感想を聞いてホッとしましたよ』
「初めて?」
『おめでとうございます、お客様は我がアーマーガアタクシーの乗客第一号でございます』
 なんという偶然か。冷静さを自負するウォルターも思わず目を丸くして前方の手すりをぎゅっと握りしめてしまった。記念品の贈呈は無くても少しくらい料金をまけてくれたりして、と口から出そうになるのを唇を噛んで抑える。声や顔つき、高い飛行能力からそれなりに長く仕事をしていると推測していただけに、自分の観察眼の未熟さから来る悔しさもあった。
 聞けばアーマーガアタクシーの試験は世界有数の厳しい内容で、普通に勉強しても運転手になれるのは三、四年かかるという。
『飛行能力だけじゃなくて、ガラル中の地理から道路から施設から覚えて最短距離を出さないといけないですからね。元々夢だったけど、やっぱり苦労した分お客さんから喜んでもらえて嬉しいですよ』
 彼の歩んできた道は想像するしかないが、それでも明るい声を聞くとウォルターも不思議と顔が綻んだ。僕の仕事も誰かの役に立てると良いな――。
 ふと窓から景色を見渡せば丘陵地帯は終わりに差し掛かり、見慣れた建物が点々と奥に見え始めていた。鉄籠に覆われた空の旅もたまには良いかもしれない。座席に座りなおすとウォルターは再び経費の事を考えながらカバンから財布を探し始めた。

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色々小説お題ったー(単語)で「「車」「鳥」「はじめて」がテーマのウォルターの話を作ってください。」と出たので書いた話でした。
弊アーマーガアタクシーを描写するにあたってイギリスのブラックキャブと薄明の翼を参考にしました。
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