エンドロールの更に続き | ナノ
エンドロールの更に続き

 遠くで一時を告げる鐘の音が鳴り響いたのを聞き、エルミニアはハッとする。いそいそと店の扉の鍵を閉め、ドアノブに「閉店」の文字が書かれた看板を吊り下げて軽く店回りを点検すると、エルミニアは居住スペースである店の奥へと進んだ。
 今日は午前中のみの営業の日だった。そんな日はいつもなら午後から魔法使いや貴族達の困り事を聞いたり、デコパージュ職人として木に紙を貼る作業に没頭するのだが、珍しく今日は何も予定が入っていない。弟子のマヒナちゃんも今日は来ないため、久々に一人の時間を満喫できる昼下がりとなったのだ。そう思うとエルミニアの心は少しだけ軽くなる。誰かと一緒にいる時間も楽しいが、一人の時間も大切にしたいのだ。
 こんなわくわくする時間に何をしようか。読みかけの小説を一気に読み進めてしまうか、リナルドが置き忘れた魔法学の学術誌を参考に魔法の鍛錬でもしてみようか。どちらにせよコーヒーは必要だろう、晴れやかで日差しが心地よいこんな日には東の国原産のコーヒー豆が合っている気がする。
 さて、と伸びをして居間にたどり着いたところで、エルミニアは思わず手を口に当てた。先程から店の奥で何やら聞こえると思っていた正体が、昼食時にニュース番組をつけたっきりでそのまま放置していたテレビの音だと気付いたからである。元々ラジオしか無かったこの家にテレビが来てから今日までの間、つけ忘れて仕事に戻ったのはこれまでにも何度かあるのだが、消費量が少ないとは言え電気代を少し無駄にした気がして、心情的にはあまり良くない。
「やってしまったわ……」
 元々、つぶらな瞳で上目遣いしても頑なに家にテレビを置いてくれない保護者への不満をぶつけに来る弟子のために購入したそのテレビは、彼女だけでなくエルミニアの娯楽を満たす良い媒体にもなっていた。リモコンを手に取り電源ボタンに手をかけた彼女が画面を向くと、そこには白黒のスクリーンで右下に「午後のシネマショー この後すぐ!」の赤い文字が書かれており、ついボタンを押そうとした手が止まる。映画とは珍しい、いつぶりに見るだろう?元々映画館に足を運ぶ機会が少ないとはいえ、劇場へ行ったのはもう随分と昔の話になるし、再放送にしてもテレビでそんな番組を放送している事自体今知った身なので、ふとエルミニアの好奇心が疼く。
「こんな時間に映画なんてやってるのね」
 急いでお供のコーヒーを用意し、近くのソファに座ったタイミングでその番組は始まった。かなり昔の年代の作品と思わしき、白黒でノイズ混じりの映像にでかでかとタイトルが浮かぶ。おや、とこの地点でタイトルに何か引っかかるものがあったが、その謎を突き止める前に映像は次のシーンを映し出していた。
「何だか、見た事あるような……」
 作品は大昔のある時代、某国の独立運動に尽力した若き青年活動家の歴史物だった。フィクションだったとしても時々見かける内容と言われればそれまでだが、それにしても次の展開が大雑把ながら手に取るように分かる。確かこのキャラクターは敵から逃げる途中に川で溺れ沈み、主人公は葛藤の末彼を見捨てて川を渡り切る展開だったはず。なのに面白いと感じるのは、緊迫した映像や、役者の真に迫った演技に見入ってしまったからだった。まるで目の前で実際に起きているようなシーンに、エルミニアはこの先の展開の予想を思い出す事を途中から止めていた。
「面白いわね」
 合間合間に飲んでいたコーヒーも気付けば空になっていたが、コーヒーを淹れ直しに行く時間すら惜しかった。軽くなった陶器のマグカップを持つ手に力が入る。姿勢は前のめりになり、目はじっとテレビの映像に釘付けになる。そう言えばこれだけ熱中した本があったはず。寝食を忘れかけるくらい読み耽った本は何冊もあるが、確かその中の一冊にこの作品と同じタイトルがあった気がする。
 そしてクライマックスシーンになり、主人公が悪政を敷いていた国王を捕らえた直後背後から槍の雨を十何本も受けるところで、その思いは確信へと変わり始めた。正に本を読んでいた時に思い浮かべていたシーンである!しかも白黒だが自分の脳内より鮮明に描かれている。これが映画の醍醐味なのだ、とエルミニアは顔に浮かんでいた汗を拭った。
 やっぱり私は、この作品を知っている。
 やがて主人公の銅像が建てられた街を背景に「終」の文字が浮かんで暗転すると、エルミニアは緊張の糸が切れたようにソファに深く沈んだ。最高だった。映画がこれ程面白い娯楽だったとは思わなかった。例え内容を知っていたとしても手に汗握る数々の迫真の映像とリアリティある音声、きらりと光るセンスのある演出は舞台劇にも負けない迫力を持っており、事実舞台劇を見た時の興奮がエルミニアの中を駆け巡っていた。
 暗転した画面に美しいクラシック音楽が流れ、白い文字でエンドロールが流れていくところも、エルミニアは見逃さなかった。
「あら、やっぱり……」
 原作のタイトルと作者名が流れたところで、やはりと確信を更に強めた。見た事ある文字、見た事ある名前。今頭の中に思い浮かんだ相手にこの話題を振ったらきっと興味深い話を聞けるだろう。そう考えただけでエルミニアは上がった口角を下げられなくなってしまった。後で原作を本棚から探して読み返そうと思いながら、ついでに考えるのは今日の夕飯をいかに時短メニューにするかだった。きっと今日は夜まで原作に夢中になるだろうから。


 目を細めて美味しそうにオルゾコーヒーを飲む旧知の仲のルドヴィコが、エルミニアの言葉にむせるのは彼女が映画を見た数日後の午後のこと。店主渾身のデコパージュの新作と仕事のネタを探してふらっと立ち寄ったルドヴィコに、待ってましたとばかりにエルミニアは店のカウンターで彼の好物を差し出し、映画の話題を切り出したのだ。
「あの映画、貴方の小説ね?」
「ま、まあ確かに昔の作品ですけど……」
 もう二百年くらい前に書いた話ですが、と取り繕いながら語るルドヴィコは、短命種というテイでいくつものペンネームを使って時代ごとに作品を書き上げてきた長命種だ。当然、公には短命種の作家として売り出しているため、時に彼の知らない間に昔の作品が著作権フリーのように扱われる事もあるのである。「まさか昔の作家が現代に生きてるなんて誰も思わないだろうし」と語る彼は、基本的に過去のペンネームの作品がコミカライズや映画化される現状に関して寛容な態度でいるが、それでも知り合いから事実を突きつけられれば驚きで大きな尻尾が逆立っていた。
「と言うかそれ、映画化された時一緒に見に行こうって誘ったはずですけど」
 トーキー映画が流行り始めた頃に初めて自分の作品が映画化され、驚きと困惑と歓喜で混沌とした感情を昇華させようと映画館に行く事を思いついたルドヴィコが、当時仕えていた主人エルミニアを誘った時に彼女はやんわりと断った。主従の間柄と言うのもあったが、エルミニアがなんとなく映画という物に興味を抱かなかったのが一番の理由だったのだ。
「あれはそう、映画という物が面白いとは思わなかったからよ」そう言ってエルミニアは自分のオルゾコーヒーを啜る。「昔の私を引っ叩いて頂戴」
「セレビィでもない限り無理ですって」
 苦笑するルドヴィコの表情はすっかりリラックスした物に変わっていた。オルゾコーヒーを一滴残らず飲み干すとくるっと店内を見回す。
「あれは最高の映画でした。見るまで作品の内容を忘れていたけど、思い出してみればあれがあんな大作になるなんて思わなくて……。映像も音楽も素晴らしくて、最後はずっと泣いてましたね」
「まあ、そうだったのね」
「もうこの監督のオリジナルの作品でいいやって思ってしまったりもして」
「馬鹿な事言いなさんな、貴方がいなければそもそもこの映画は生まれなかったのよ」
 エルミニアがルドヴィコの背中を強めに数回叩く。彼はどうも大昔の過去作を軽く見る節があるのだ。謙遜とは言うが、過去の作品の出来を直視できなくなる時が来るとも言っていたのを思い出すと、クリエイターとしてしっかりなさいという気持ちでこれくらいやってもおかしくはないはず。叩かれた本人は一応分かってくれたようで、小さくうめき声を上げながらエルミニアのそばを離れ、店内を歩きながら思索するように口にした。
「映画って良いですよ、劇とはまた違った臨場感があって。例えるならエスプレッソみたいなものだと思いますね」
「少ない量を一気飲みする?」
「演劇やショーより時間は短いですけど、その時間の中に色々なものがつまっているし、余韻も深い」
 なるほど、とエルミニアは小さく頷く。普段あまり目にしない作品形態だが、そう言われると更に興味が湧いた。そもそも芸術に触れることを好むはずなのに、ここまで関心を持ってしまうと何故今までの自分は映画に対してそこまでの反応をしていたのかが、自分の事ながら不思議に思えてくるのだった。
「奥深いのね、映画って」
 こちらを向いてうんうんと笑うルドヴィコを眺めながらエルミニアは考える。私ももっと映画を見てみようかしら。そう言えばマヒナちゃんが見たい映画があると言っていたから、次の休日に彼女を誘って映画館に行くのも良いかもしれない。映画館となるときっと、更に大きなスクリーンと優れた音響で見られるに違いないし、楽しい時間になるだろう……。そう思うとエルミニアもルドヴィコに合わせて笑みがこぼれた。
「休みの日にマヒナちゃんを連れて行ってくるわ」
「絶対、良い日になりますよ」
 二人で顔を見合わせて微笑みを交わす時間は、鐘の音が聞こえるまで続いた。

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色々小説お題ったー(単語)で「「白」「麦茶」「映画」がテーマのエルミニアの話を作ってください」と出されて書きました。麦茶というかオルゾコーヒーになってるけど。
テレビで放送されてるやつでも録画でもレンタルでもサブスクでも、何もない日の午後に見る映画の味は格別である。古事記にもそう書かれている。
個人的には洋画が好きなので、午後に見る洋画はどんな作品でも不思議と面白く感じて最高の時間だと思います。
あと、白黒の映画には趣があったり、想像力を掻き立てられて良い。いいよねローマの休日。
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