星に願いを | ナノ
星に願いを

 夏の暑いある日、山まで流れ星を見に行くか、近所のお祭りに参加するかでマヒナはだいぶ迷った。今日は有名な聖人の名前を冠する祝日で、街は大いに浮かれ騒ぐ。マヒナは騒ぎを嫌うリナルドと違ってお祭りが大好きなので、お星様を見に行くかお祭りに行くかで数日前から頭を悩ませていたのだが、結局屋台の魅力には抗えずお祭りを取ったのだった。
 その結果、色とりどりの明かりが照らす夜の街を今こうしてルドヴィコに手を引かれながら歩いている。そして大聖堂の付近に着くと、右を見ても左を見ても、市場を思わせるくらいずらっと多くのテントが張られた屋台が並んだ光景が目の前に広がり、山へ行かなかった後悔をマヒナの頭から一気に消し飛ばした。暑さはルドヴィコが冷気をまとわせてくれているので、何も気にせず祭りに没頭できるのは嬉しい。
「おにいちゃんやししょーもくれば良かったのに」
「リナルドは仕方ないよ、うるさい場所が苦手だからね。エルミニアさんは別な用事があるって言ってたな」
 二人とも今頃何をしてるんだろうね、と語りかけるルドヴィコもご機嫌だ。彼もきっとこういう場所が好きなのだろうと思うと、マヒナはますます嬉しくなる。
「おまつり、きれいだねっ!」
 うんうん、と笑顔で頷くルドヴィコを見上げてにっこり笑う。地上が明るいと星空が見えなくなるのはマヒナも知っているが、周囲を照らす明かりがまるで星明かりのように見える光景を眺めていると、お星様や流れ星を見れなくてもいいやという気持ちになってくるから不思議なものだ。山に行くのは来年にしよう。
 きょろきょろ周りを見回しながら、マヒナはお祭りという場に没頭する。弾む人々の声、煌びやかな屋台の数々。非日常が広がる世界にマヒナは歓声をあげながら歩いていた。知ってる街なのに、未知がいっぱいで目がきらきらと輝く。
「今日見た流れ星に願い事をすると願いが叶うって言われてるんだよ。僕達はもう見るのは難しいけど……」
「ふうん」
「でも流れ星も気になるよね、本物じゃないけどあれをやってみる?」
「ん?」
 マヒナがルドヴィコの指差す先に目を移すと、屋台の一つに星をモチーフとした雑貨がずらっと吊り下げられていた。「くじ引き」と大雑把な筆跡で書かれたその店は、正にマヒナの好きな物がいっぱい並んだ天国のような場所だった。
「……やっていいの?」
「一回だけだけど、いいよ」
 ルドヴィコから小銭を渡された時のマヒナの心は天を突き抜け、宇宙まで飛んでいきそうなくらいに弾んでいた。小さな体はぴょんぴょん跳ね上がり、耳も尻尾もちぎれんばかりに大きく揺れる。はしゃいでると危ないよ、とルドヴィコに制されながらマヒナは店主の男性に小銭を出すと、丸められた紙がいくつも入った瓶を差し出された。
「マヒナちゃん、何か欲しいものはある?」
「えーと、ぬいぐるみ!」
 ぬいぐるみなら何でもいい。赤いメテノは家にいる紫のメテノのホクレレと仲良くなれそうだし、デオキシスというオレンジ色のポケモンはおにいちゃんにあげたら喜びそうだと思った。絵本や雑貨でも良かったが、一番はぬいぐるみ、ぬいぐるみ……!願いを込めた手を瓶に突っ込み、目を瞑りながら握りしめた紙を開くと、その先端にはオレンジの蛍光ペンで丸が描かれていた。
「おっ嬢ちゃん運が良いな、景品はジラーチのぬいぐるみだ!」
「じらーち?」首を傾げて知らないポケモンの名前を口にするところに、紙の代わりに星の形の黄色いポケモンのぬいぐるみが渡されて、やっとマヒナは状況を飲み込めた。「……ぬいぐるみだぁ!」
「ジラーチだよ、良かったねマヒナちゃん」
「ルドヴィコさん、魔法つかった?」
「いやいや、マヒナちゃんの願いがぬいぐるみに通じたんだよ」
 ジラーチ。聞いた事も見た事もないポケモンはさて置き、マヒナはお目当通りの物に喜びを隠せなかった。片手でジラーチを抱きしめ、もう片方の手でルドヴィコの手を握って食べ物の屋台を回りながら考えるのは、この子につける名前だ。お星様の形をしてるからホークーかな、黄色が眩しいからメレメレでもいい気がする、でもでも、もっといい名前も似合いそうな気がして……。


 ジラーチの話題が出たのは、飲食スペースの椅子に座り二人で配布されたスイカに舌鼓を打っている時だった。マヒナがどんな名前がいいかをルドヴィコに聞いた時、思いつかないな、とスイカに齧り付きながらジラーチについてを教えてくれたのだ。
「ジラーチは願い星のポケモンで、千年間眠るポケモンなんだ」
「ずっとねむったままなの?」
「いや、七日間だけ起きて、その間はどんな願い事も叶えてくれるって言われている。それで七日間が終わったらまた千年の眠りにつくから、僕達が会うのは限りなく難しいって言われているね」
「ながいきなルドヴィコさんでも?」
「そうだね、僕も会った事ないから、会ってみたいとは思っているけど……」
 そうルドヴィコが言ったので、マヒナはぬいぐるみを彼に渡す。ぬいぐるみだけどこの子だって立派なジラーチだ。それが伝わったからかルドヴィコは腕の中に置かれた時に一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を緩めた。
「そうだね、この子がいたか」
 スイカを食べ終わった後も二人は暫く椅子に座ってジラーチの話に花を咲かせた。ルドヴィコさんはおにいちゃんやししょーの知らない事を何でも知っている。さっきもずっとずっと東の国では「七夕」という文化があって、短冊という紙に願い事を書いて笹に吊るすと願い事が叶うと教えてくれた。時々絵本を読み聞かせてくれるくらいにしか会わないけど、色々な事を教えてくれるし、思い出の中のパパと雰囲気が似ているのででマヒナは彼も好きだった。
「ししょーはあったことあるのかな」
「エルミニアさんも会ってないって言ってたな」
 それじゃししょーにもこの子を会わせてあげようと、マヒナは自分の腕の中に戻ってきたぬいぐるみを見ながら心に決める。あれから更に頭を悩ませているが、名前はまだ決まっていない。
「でも、この子だって願い事を叶えられると思うよ。なんたってジラーチなんだから」
 ルドヴィコがぬいぐるみの頭を愛おしそうに撫でる。可愛らしい表情を浮かべたジラーチは、実物もこんな顔をしているのかな。ルドヴィコの手に合わせてマヒナが首を傾げてみせると、ルドヴィコはクスリと笑った。
「マヒナちゃんなら、この子にどんなお願い事をする?」
「おねがい」
 首を傾げたままマヒナは考える。パッと思いついたものはパパやママに会ってみたいというもの。しかしそれはお星様が叶えてくれるか怪しいラインである事を、マヒナは心のどこかで理解していた。そうなれば魔法がもっと上手くなりたいという願い事が思い浮かぶ。おにいちゃんやししょーみたいに魔法を使いこなせるようになるのが今の夢だからだ。憧れに追いつきたくてマヒナが毎日頑張っている事を色々な人に知ってほしい。叶えるのは自分自身の実力でやりたいけれど、頑張れと後押ししてくれる声はいくらでも欲しい。
「んーとね、もっと魔法がうまくなって、おにいちゃんやししょーみたいになれますように!」
 ぱっと弾けたように笑うマヒナに、ルドヴィコもつられて微笑する。きっとなれるよ、とぬいぐるみの頭をぽんぽん撫でるルドヴィコの尻尾は嬉しそうに揺れていた。
 いつになるかは分からないけど、マヒナはすごい魔法使いになった時のことを想像してみる。児童向けアニメに出てくる魔法使いとししょーを足して二で割った自分の姿は憧れそのもので、困ってる人の元へ行って魔法をかけてあげる光景は今のマヒナがやりたい事だった。きっとおにいちゃんは目を細めて夢を応援してくれるし、ししょーはもっともっと稽古をつけてくれる。大変だけど、楽しいからこそマヒナはこの夢が叶いますようにと改めて、本気で願うのだった。
「そうだ、このこの名前きまったよ!あのね、マケマケってつけたの!」
 同時にやっと名前も決まった。ルドヴィコが不思議そうにマヒナとぬいぐるみを眺めると、背後で
弦楽器の音が鳴った。そう言えば大聖堂の入り口付近でコンサートが行われるって聞いたような。マヒナの関心がすぐに演奏家達の方へ向く。
「ルドヴィコさん……!」
「うん、聴きに行こう」
 本物の願い星がなくても、今はこの賑やかな景色と胸に抱えた願い星があるだけで良い。こんなにも楽しくて、星が近くにあるんだから今日の夜のお願い事はきっと叶う。そう信じるマヒナはルドヴィコの手を引くと、大聖堂の壁に飾られた聖人のタペストリーが見守るコンサート会場まで駆け出した。
「そう言えば、マケマケってどんな意味なんだい?」
「お願いごととか、すきっていみだよ!」
 会場に響き渡る弦楽器の力強く美しい調べも、マヒナの願いを応援しているように聞こえた。

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七夕とサン・ロレンツォの夜を引っ掛けた話でした。実は居住地域の七夕は8月で、サン・ロレンツォの夜も8月10日の話なので一ヶ月早く出した話だったりする。(2023.7)
サン・ロレンツォの日に見られる流れ星は聖人サン・ロレンツォの涙という概念、切なくもロマンティックで素敵だなと調べてて思ったり。
向こうでは何を願うのも自由なのかもしれないけど(大切な相手のために願い事をすると叶うとは言われている)、日本の七夕では技術向上を願う事が多いのでマヒナちゃんもそれに倣ったお願い事をしています。
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