ちょっぴり変な奴と | ナノ
ちょっぴり変な奴と

「遅い」
 リナルドがしきりに腕時計を眺めながら唸り始めること十五分。俺とリナルド以外人影の見当たらない、雑草に囲まれた田舎の無人駅で、彼の声と大きな尻尾をバサバサ動かす音だけが虚しく響く。
「しゃあない、田舎の列車なんてそんなモンさ」
「くそっ」
 悪態と尻尾をバサッと揺らす音。そもそも彼は到着予定時間の五分後から険しい表情が一層険しくなっており、十分経過した時には数十キロ先の目的地の駅まで歩こうとしていた。せっかちにも程がある、と持ってきたミルクキャンディーを舐めながら隣を見る。
「後十五分待ってダメなら村の人に頼むか?町まで送ってくれないかって」
「……迷惑にならないか?ただでさえ調査を手伝ってくれた上に」
「リナルドは人を信用するのを怖がりすぎなんだよ、俺たちの状況を伝えれば力になってくれると信じてるぜ」
 ついでにベンチで並んで座るリナルドの気持ちを解そうと水色の尻尾をわしゃわしゃかき回した瞬間、バシッと左手に鈍い痛みが走った。あれだけふわふわな部位にそんな威力があったとは、頑丈な体質でなければ数日の傷になっていた事だろう。
 それにしても列車は来ない。魔術師の仕事の一環で魔法の研究調査の為に郊外の村に訪れたところまでは良かった。大きな街からローカル線を乗り継いでやっとたどり着き、帰りは逆のルートで帰れば良い。問題はローカル線の列車は数時間に一本しかないにも関わらず、鉄道会社が時間にルーズでいつ来るか分からないことだった。そもそもこの国自体が時間に無頓着な文化なのだが。
「飴いるか?」退屈を紛らわすべくキャンディーの箱をリナルドに向ける。
「いらん」
「遠慮するなって、たくさんあって困ってんだ」
「ふん」そう言うなり乱暴に箱からキャンディーを取り出して口に放り込む。こんな受け答えをされたら常人なら苛つく者も出てくるだろうが、最早慣れた話だ。何より彼の背景を知っていれば大らかに流すくらいが丁度良いに決まってる、悪気はないのだから。
「まあ、悪くない」
「そいつは良かった」
 甘味のお陰でリナルドも落ち着いたようで、相変わらず耳は横に倒したイカ耳だが尻尾の動きが止まった。有難い、実はふわふわが体に当たる度に気になっていたのである。とりあえずこの困ったちゃんを宥めたところで再び時刻表の張り紙と懐中時計を照らし合わせる。寛大な俺もそろそろ訝しむ時間だ。やはり先程言った通り村に引き返して村人に頼み込むしかない、そう決めて立ち上がった矢先。
「タンクレディ、列車が着いたら起こせ」
 は!?と声を上げる間も無くリナルドはベンチに横になり丸まった。険しい表情からして不貞寝だろう。この面倒臭い態度!同僚からは幾度となく「よく一緒に行動できるな」と言われる所以だが、彼を知ってしまったからには力になりたいと思わざるを得ないのである。


 そう、あれは王宮で魔術師という職に就いた頃だ。俺とリナルドは同期で、当初の俺もリナルドのつんけんとした態度が気に入らなかった。その上魔法の腕は俺以上じゃないかと周囲から評されるのも許せなかった。国内一の魔法学校を首席で卒業したのに、その上がいるとは思いもよらない話だ。この国のどこにそんな逸材が眠っていたんだ?
 そうして廊下ですれ違う度絶対負かしてやる、というライバル精神を抱えながら悶々とした日々を過ごす羽目になった訳だが、そんな日々があの夜を境に一変したのは記憶に新しい。
 ──あれは職に就いて数ヶ月経った夜。仕事を終えて帰路につく俺が路地裏で見かけたのは酷く泥酔して道端に座り込んだリナルドだった。成り行きで家に連れ帰り介抱した時を覚えている。お高くとまってた奴の憔悴しきった姿を見て、どうやらそこで情がわいたんだと思う。それに話を聞いてみれば上司から無理やり飲まされて酔い潰されたというのだから、正義感の強い俺は半ば怒りに身を任せてこの事態をなんとかしたのだった。それで更に彼に興味がわいた。
「誰も俺の事なんか相手にしてくれない」
「そんな事は無ぇ!」
 家のソファーで弱々しく涙声で呟いた奴と交わした会話を思い出し、思わずベンチで座る当人と重ね合わせる。険しい表情はどこへやら、すっかり夢の世界で穏やかな寝顔になっている。こういう顔をすれば所謂“モテる”顔立ちなのに。
 とにかくその上司がリナルドにやった問題をどうにか解決した後、俺はその足で図書館へ向かっていた。彼の養父も同じ職場なのだが、俺にひとしきり感謝した後でこう言ったのだ。
「リナルドは孤独な子なんだ、昔の雑誌や新聞を読んでほしい。理由はそこに書いてある」
 妙な話だと思いつつ昔の新聞や雑誌を漁る。理由はすぐに分かった。亡国の王子。しかし特異な見た目から誰からも愛されず、この国に来た後も心の傷の影響で苦労して育ってきたこと。全てではないが彼の性格がああである理由を察した。
 それからじゃないだろうか。この街に引っ越す前の村でいじめられていた俺とシンパシーを感じたのもある。俺には助けてくれた姉がいたが、俺の姉になれる存在がリナルドにはいない。そう思った事がきっかけですれ違う度に彼の尻尾を軽く触ったり、仕事を手伝ったり飯に誘ったりする事が増えたのだ。
 始まりはそうだったが、別段特別扱いしているつもりはない。彼もまた友人そしてライバルの一人として普通に接しているに過ぎない。勿論事情を知った以上ある程度気を使ってるところはあるが、それを苦に思ったことはこれまでに無い。寧ろ今までにない愉快な相手として交流を楽しんでいる。こんな奴今後は会う事は無いだろう──。


 ガタンガタンと線路を滑る音と金属の軋む音が聞こえて線路の方に顔を向けると、待ち望んでいたものがやっと到着したのが見えて心臓が高鳴った。これで帰れる!小躍りしながらリナルドを小突いたが反応はない。
「帰れるぞリナルド!起きろ!起こせって言っておきながら起きないなんてどうかしてるぜ!」
尻尾を乱暴に触ったり強めに揺らしても起きる気配はない。辛うじてうめき声は聞こえたが、残念ながら夢の世界から引っ張り出せるだけの力は俺に無いらしい。このままでは列車に乗り遅れてしまう。
「ったく、後で文句言うなよ」
 やる事は一つだった。有り余る腕力でリナルドを背負うと大急ぎで列車のドアに駆け込む。直後に扉が閉まり、再び列車が鈍い音を立てて動き出した。
「危ないところだった……」力はあるが急いで飛び込んだため吐く息は荒い。自分でもこれは無理したかなと振り返りつつ、やはり自分たち以外誰もいない車内に移動すると、空いた席にリナルドを座らせる。
 終点に着いたら意地でも起こそう。さっきの方法じゃ起きなかったから次は荒っぽい方法を使っても良いだろう。何、彼が怒っても神様は許してくれる。そもそも起きない方が悪いのだから。
 列車に乗っても穏やかな顔つきで熟睡するリナルドにニヤッと笑みを浮かべ、景色に視線を向ける。後は終点まで彼のことを考えなくても良いだろう。それまでは窓の向こうを楽しみながら今日の余韻に浸ることにした。まだまだ先にある目的地に思いを馳せながら。

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hanaasisssss.jpg

リナルドが歪ならタンクレディは真っ直ぐな奴だって話です!タンクレディ自身も色々あったからこそリナルドに手を差し伸べられるってやつ。
ダイジェストになってでもこの二人の仲良くなった経緯は書きたかったので満足……!
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