ハウカリマはいかが | ナノ
ハウカリマはいかが

 アローラの言葉は珍妙だ。この国からはるか遠くの、文化圏が全く違う島国なのだから当たり前だが、先日訳あって引き取ったマヒナといるとしばしば彼女が故郷の言葉を口走るのである。
 先ほども屋台でイチゴのジェラートを注文する俺をじっと見ていたマヒナは、何やら妙な単語を呟いて目を輝かせていた。万国で使われる共通語で意思疎通は出来てるとはいえ、この国独自の言語の「フラーゴラ」で慣れている身からすれば、何一つ文字が掠ってないその単語は宇宙の言語にしか聞こえない。
「ふらーごら?」できたてのイチゴのジェラートを渡すとマヒナは首を傾げた。
「イチゴだ、この国ではこう言う」
「マヒナのところではオヘロパパっていってた」
 目を丸くするマヒナにそうか、と頷くと同時に少しだけ癪に思う。確かに故郷での思い出が強いとは思うが、豪に入れば郷に従えという言葉がある。ずっと……かどうかは分からないが、最低でも十数年はいると考えれば、少しでもこの国の言葉を覚えてもらいたい気持ちが芽生え、自分の分のピスタチオのジェラートを受け取ると、屋台の近くに設置された座席に腰掛けてこの国の言葉を教えることにした。試しに手近なものから教えるか、と。
「マヒナ、あのジェラートのメニュー表が見えるか」
「うんっ」
「この国の言葉を教えてやる、順番に読んでいくから覚えな。まずイチゴはフラーゴラで、レモンがリモーネ、チョコレートはチョコラート……」
 順々にメニュー表を指す動きに合わせてマヒナがうんうんと首を縦に振る。だがちらとその表情を覗けば聞いているんだか聞いてないんだか、真面目に聞いているようにも見えれば上の空にも見える表情で、これが頭に完全に入ったとは到底思えない。メモでも用意すべきだったか。
「フラーゴラ、リモーネ、チョコラート……」
「ああそうだ、まあ最初だからこれくらい覚えておけば良いだろう」
「レミはリモーネ、ココレカはチョコラート……」
 なるほど、似た発音の単語もあるようだ。ジェラートが溶けないよう冷気を吹きかけつつ、目線を向けた先にいる真剣な表情でジェラートのメニュー表を凝視するマヒナに安堵する。
「ホイホイな言葉だね」
「なんて?」
「おもしろいときやたのしいときにいうの」
 また珍妙な響きだ。こうしてマヒナと話していると、その全てを完全に覚えられなくても否が応でも一部が脳裏に焼き付いて離れなくなってしまう。イチゴは何て言うか忘れたが、チョコラータがココレカなのは覚えてしまったし、挨拶がアローラで、ハウオリが幸せな事も知識として吸収済みだ。後はそう、マヒナの名前が月を意味する単語なのも知っている。
「おにいちゃんとおんなじことばがはなせるようになるの、うれしいな」
 ジェラートにかぶりつくマヒナが目を細める。口をピンク色にさせながら、今にも鼻歌を歌い出しそうな彼女の言葉にハッとした。考えてみれば、マヒナの言葉を知る事は彼女を知る事でもある。知らない言葉として拒絶するより、少しでも歩み寄って知る事がマヒナと仲を深める鍵にもなるんじゃないか?そんな当たり前なことになぜこれまで気付かなかったのだろうか。
「……マヒナ、今度はマヒナのいた国の言葉で教えてくれないか」
 相変わらずアローラの言葉は奇妙な言葉として耳に入ってくる。ただ今はそれらをある程度は知ろうとする自分がいる。別にマスターしようとは思わない、ただこれまで興味なかった事に少しだけ、本当にちょっとだけ関心が向いただけである。それでマヒナと深く繋がれるならもう少し覚えてみる価値はあるだろう。
 マヒナにとって俺の放った言葉は予想外だったらしく、ジェラートのコーンを抱えてきょとんとしていたが、俺がマヒナをもっと知りたい、と続けるとその顔がぱあっと明るくなった。
「ジェラートとか、アイスクリームは何て言ったんだ?」
「えっと、ハウカリマっていうんだよ」
「リンゴは?」
「アーパラ!」
 再び二人でメニュー表を見ながら問答を繰り返す。先程とは逆に嬉々としてメニュー表を指差していくマヒナの指を追いながら、俺はピスタチオのジェラートの冷たさとマヒナの語る言葉の隅々を堪能した。

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イタリアのガイドブックを眺めてたらジェラートの写真がどれも美味しそうだった、という理由から生まれた短編でした。
リナルドはマヒナちゃんが絡むとちょっとだけ頑固さが薄れます。相変わらず0と10でしか物事を見ない奴だけど0と思っていたものをとりあえず10寄りに見てみようかな……くらいには思うようになる。マヒナちゃんの力は偉大である。
ところでこいつ途中からいーあるふぁんくらぶ聞き出したな?直に聞いてはいないけど脳内で再生しながら書いてました(白状)
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