月と星の邂逅 | ナノ
月と星の邂逅

 ふかふかで背中まで倒せるリクライニングの椅子、円形状で天井が本当に空まで届きそうなくらいに広い空間。今までこんな場所に来た事がないマヒナにとって、プラネタリウムは好奇心を抑えられない未知なる場所だった。
「おにいちゃん!こんなに椅子をたおせるんだよ!」
「分かったから派手に座るな、椅子が壊れるだろう」
「こん……」流石に音を立てて座るのは無作法だったか、と耳を垂らす。それでも気になったものは気になったのだ。 
「さあそろそろ開演だ、終わるまで喋っちゃ駄目だからな」
「わかった」
 リナルドがそう注意した数分後に係員の説明が始まり、避難先のドアだの鑑賞上のルールだの、マヒナの耳にはなんとなく分かるような、分からないような言葉が片耳に入ってはもう一方の耳から抜けていく。マヒナの関心は今日の朝からの出来事に向いていたのだ。おにいちゃんが「最近星を見に行けてないから」と天文台に連れて来てくれた事、プラネタリウムが始まるまで星や隕石などの展示品におおいに目を輝かせた事、何もかもがマヒナには嬉しくて、ここまでずっとご機嫌だった。きっとこれから続くプラネタリウムも楽しいに決まってる。
「……それでは『アローラの星々』の上映をお楽しみください」
 マヒナの耳が聞き慣れた言葉にぴくりとした。アローラ!マヒナが昔住んでいた場所だ!高鳴る胸を抑えきれずつい目を見開くと、徐々に照明が消えていった。アローラの何かに、これから上映が始まるワクワクで心が押し潰されないようにしなくちゃ。ふんふん鼻息を鳴らしながら限界まで倒した椅子に身を預ける。
『アローラ。それは世界一の星空が輝く場所……』
 辺りを包んでいた闇に本物のような星々が灯り、ゆったりとした男性のアナウンスが場内に響き渡る。そうだ、アローラは世界一の星空が拝めるところだ。マヒナが昔住んでいた山では天気の良い日に頂上へ行くと、それはそれは綺麗な星空が空一面を覆い尽くした。その星空の雄大さは今も忘れられない。
『アローラの空には南十字星が浮かんでいます。南十字星のことを現地ではハーナイアカマラマといい、古代の民が海に出る時方角を知るための目印としていました』
 懐かしい、と天井に瞬く星空を眺めながらマヒナは思う。昔々そんな話を聞いたっけ、パパやマヒナ達のご先祖様が船でアローラに来た時も、ハーナイアカマラマを目印にしてここまで来たんだよ、と。もうだいぶ昔に感じるのに、昨日あった事のように思い出せる。そう思うと胸に小さく空いた寂しさの穴が広がるのを感じた。
「パパ……」
 リナルドに喋らないようにと言われているので、彼に聞かれないよう小声で呟く。お星様の事は全てパパが教えてくれた。満点の星々が満たす空の下、身を寄せ合って見上げる星がどれだけ最高かとか、船ではホクパア(北極星)やマカリイ(スバル星団)も目印にして進んでいたとか、冷たいミルクを飲みながら話してくれた思い出が胸の寂しさをより強調する。確かに今、おにいちゃんやししょーといて幸せだけど、それでもやっぱりパパも隣にいてほしい。そしてまたお星様の事を教えて欲しい。
『……あの明るい星が見えるかい、あれはホクレアと言って、「幸せの星」という意味なんだよ』
 丁度こんな風にだ。ポッと一際オレンジに明るく輝く星を眺めながらアナウンスに耳を傾ける。パパもこんな声でマヒナに話しかけてくれた。水色のサラサラした髪が風になびく姿がカッコ良く、透き通った青い瞳がお星様のように綺麗な姿……。
「マヒナ、アローラは世界中で一番多く星空を観察できる場所なんだ。つまりここにいるのはとっても幸運って事なんだよ」
 ハッとして右横を見ると、そこにはリナルドではないキュウコンが椅子にもたれかかかっていた。見間違いじゃない、パパが隣にいる。
「パパ!」
 小声で思わず声が出た。天井の輝きだけでは暗闇を晴らせず、顔はよく見えないが確かにそこに今パパがいる。思いっきり駆け寄って抱きつきたい衝動に駆られたが、なぜか体が動かない。
「イッシュでペンドラー座と呼ばれるあの星座は、アローラでは英雄の釣り針と言われているんだ。マナイアカラニと言って、神話の英雄が持っていた魔法の釣り針こそあれなんだよ」
 体が動かない状態でもパパの優しい口調で語りかける声は耳に心地よく入ってくる。これこそマヒナが求めていた光景だった。気が付けば天井は仮初めの星空ではなく本物のアローラの星空を映し出しており、本物のお星様が二人を見守るように優しく輝いていた。
「英雄はどうやって釣り針をてにいれたの?」
「そうだな、ご先祖様から貰ったとか、お父さんから貰ったとか言われているな。そうそう、英雄はその釣り針でアローラの島々を引き上げたと言われているんだ、知っていたかい」
「すごい!英雄ってすごいんだね!」
 ああ、と微笑むパパの声にマヒナも顔を綻ばせる。相変わらずパパの顔は見えないけれど、それ以外は昔と同じままだ。アローラの夜空も、何もかも。
 嬉しかった。また山の上で星の事を教えてくれるなんて、今だけ魂がアローラへ飛んでいるみたいで少しおかしかったけど、そんなの関係ない。かけがえのない時間を過ごせているんだから。
「それじゃマヒナ、あの星は見えるかな」
 だからひとしきり星の説明をしていたパパがある星を指差した時、うっすらその体が透けている事にマヒナは疑問を覚えた。疑問の代わりに首を横に振ると、パパは言葉を続ける。
「あれはね、パパの星なんだよ。マヒナ、パパはもう地上にはいないけど、星になってずっと見守っている」
「パパ……?」
「だから悲しい事があったら星を見上げるんだ、パパがそこにいるから。約束してくれるかな、マヒナ……」
「まって、パパ、マヒナをおいてかないで」
「大丈夫、今のマヒナには優しい相手がそばにいるから。ちゃんと言う事を聞いて過ごすんだよ。パパはいつでもマヒナの事を見ているから……」
 パパの姿が消えていく。アローラの星も山も徐々に光に包まれていき、遂に辺り全体が白一色に変貌する。パパは?お星様は?きょろきょろと周りを見回しても白しかない世界。不安と焦りで目が潤む感触を覚えた時、誰かが自分を呼ぶ声がしてマヒナは現実に引き戻された。
「マヒナ、よく眠れたみたいだな」
「あっ……」
 目を開けると目の前にリナルドがいた。既に天井の星は消え失せ、照明も付いて周りの観客達が一目散に出口へ向かっていた。えっと、と小さな頭で考える。自分は眠っていたのだろうか、プラネタリウムを見てアナウンスに楽しんでいた記憶はある、でもパパと一緒にアローラの星を眺めていたのも本当だ。あの時確かにマヒナの心はアローラの山にあった。
「あのね、パパに会ったの」
「……そうか」
 微笑んでいたリナルドの表情から笑みが消える。頷く彼に本当のことを打ち明けるとまた胸の寂しさが蘇って涙が出そうになったけど、ぐっと堪えて上を見上げる。天井よりも更に上にある星を眺めるように。
「いっぱいお星様のことおしえてくれたんだよ。だから、マヒナはもうだいじょうぶ」その証拠にちょっと強引に笑ってみせる。
「……ああ、分かった」
 差し出されたリナルドの手を掴んで椅子から立ち上がる。彼の手は冷たいが、マヒナにとっては安心できる温もりだった。
「帰りにジェラートでも食べに行くか」
「うん」
 それ以上リナルドは何も言わなかったし、マヒナも無言だった。手を繋ぎ出口に向かいながらマヒナはプラネタリウムを振り返る。星を見上げる、パパがいる、それに今はおにいちゃんやししょーがいる。うん、マヒナは平気。そう思うと寂しさは少しだけ軽くなった気がして、少しだけマヒナは口角を上げた。

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十数年ぶりにプラネタリウムを見て感動した気持ちをぶつけました。
あの癒しの空間、一度味わったらやみつきになりそうで最高でした。寝そうになる雰囲気も含めて良い。
ハワイの星空というと、昔々CMでやっていたすばる望遠鏡を思い出します。カメラ越しの映像の地点で綺麗だったんだから、本物はもっと凄いんだろうな。
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