2回目の人生 |
猫は九つの命を持つ、とは少し前共に旅をしていたウォルターが話していた事だ。 『僕の国ではそう言われているんだ。だからベニータもあと八回くらいは無茶して良いんじゃない?』 いやいや、とその時は首を振った。ガラルは奇天烈な国だからそんな言い伝えが出てくるんだ。続いて彼は命がけの冒険をしたガラルのガオガエンの探検家の話をしてみせたが、どうにも信用ならない。 そう、その時はそう思っていたが……物見塔の上から彼方を見渡す。パルデアの丁度中央に位置するぐるっと囲まれた山々。まるで「ここから何かを出さないぞ」と主張しているかのように見えるそれは、実際パルデアの大穴と呼ばれる場所で、永遠に閉じ込めた方が良いものばかりの巣窟だった。 少し前の旅路を思い出す。パルデアの大穴では本当に色々なことがあった。ウォルターの旅の目的が達成されたのは勿論、私も過去を取り戻すことができた。 ――思うに、私の人生は一回パルデアの大穴で終わったのかもしれない。 母親のことは何も考えたくなかった。妾の身分のことも、私を疎んじていたことも。だって施設に入ってから今の今まで母親には一度も会っていないし、生きてるのかすら調べようとも思わない。 それから大穴での地獄。サケブシッポに左肩を食いちぎられたのは未だにトラウマになっているが、それも含めてとにかく、記憶に蓋をして閉じ込めておきたかった。私の人生は引き取られた施設から始まったようなものだ。だから、それまでの人生は全て一つ目の命での出来事なのだ。 「……二回目の人生か」そよ風が頬を撫でる。空は青く澄み渡り、深呼吸をすれば新鮮な空気しか入ってこなさそうだ。これで足元で赤いバイク似の竜が大の字でいびきをかいていなければ、実に素晴らしいロケーションだった。 『人生ってのは一回きりだから、楽しんでこそさ』 これはキョジオーンの院長先生の言葉だ。私にラテン音楽を聴かせてくれた恩師。楽しでこその人生はその通りだが、後八回も命があるなら何でもチャレンジできるのではないか? 院長先生が聞かせてくれた何かの曲でも「君はなりたいものになれる、そうなれると思う全てになるんだ」と言っていた。そう思うと気力が心の奥底から炎のような、鍋のような感覚でふつふつと湧き上がってくる感覚を感じた。今なら物見塔から飛び降りても無傷で生還できたりして。落ちどころが悪くても残機が七になるだけだ。私は運動神経がとても良いのだ。 「ベニータ!危ない!」 塔から下を覗き込んでいた時に叫び声ではっとした。先ほどまで涎を垂らしながら夢の世界にいたアララルだったのに、何とも絶妙なタイミングである。 「ただ下を見てただけだって」 「飛ぶなら俺に乗りな、ほら!」 「分かった分かった、それじゃあそこの木まで飛んで」 アララルが赤い竜に姿を変えると、いつも通り背中にどっかり座って肩の突起を掴む。バサッと快い音と共に彼の頭の翼が大きく開くと、次の瞬間には私たちは大空の世界にいた。 ――何でもできる人生なら、心の底から楽しめることを目一杯やるしかない! - - - - - - - - - - DLCでの二人の冒険も考えたい。 ←back |