3.竜の夢 | ナノ
3.竜の夢

「“翼の王”よ!我らが楽園の守り神よ!」
 どこからか呼ぶ声がして辺りを見回すと、見渡す限り白、白、白しかない空間で魑魅魍魎が自分を取り囲むようにひれ伏しており、一部は上半身を起こして叫ぶように讃えていた。
「あなたは我々の神です!これからも我々を導き、お守りください!」
 何を言ってるんだ?と真っ先に出た感情がこれだった。周りの魑魅魍魎はポケモンのようでポケモンでない、或いは別の世界から来たポケモンなのかもしれない姿をしており、見た目は違うがさながら本で知ったウルトラビーストを連想させた。まだこの世界のポケモン、具体的に挙げるならドンファンやボーマンダに似ているだけ多少の親近感はあるが、彼らそのものに抱いているわけではない。何故なら存在そのものが謎だからである。
 ふと自分の姿を見ると地中海の諸島を思わせるゆったりした白い衣を身につけており、頭には植物の飾りが揺らめいている。本当に自分は神様にでもなったのかもしれない。
「鎮まれ」
 神であればどんな言う事でも聞くはずだ。まずこの喧騒を黙らせようと手のひらを彼らに向けると、途端にざわめきが消えた。素晴らしい、不気味な存在だが言う事を聞くのであれば、無茶苦茶な命令だって聞くに違いない。
 試しに目の前に肉たっぷりのボカディージョを持ってくるよう命令しようと口を開くと、刹那に目の前を小さな緑の影がヒュンと高速で横切った。何かから逃げるように高速で走り去る何か。すると魑魅魍魎の目が一斉に獲物を見るそれに変わり、瞬きした瞬間にはもう一匹残らず影を追い始めていた。
「待て、お前たち!」
 後から追いかけるも彼らの足も影も早い。いくら足を動かしても一番後ろにいる者すら捉える事すらできず、必死に声を荒げても誰も聞く耳を持たない。
「そいつを殺すな!そいつは我が……」我が、まで出て言葉が続かなかった。ほんの一瞬だけしか見えなかったただの影に何を言おうとしたのだ?
 魑魅魍魎が遠ざかる。息が切れてくる。果てしなく続く白い空間を叫びながら追っていたが最早声すら出せないくらいに心身が消耗しているのは自分でも分かっていた。喉の奥に微かに感じる血の味を飲み込み、再び走り出そうとしてみたが、その両足は力なくもつれ込み、気がつけば白の床に倒れこんでいた。
 あの影は無事に逃げだせただろうか?あんな恐ろしい存在から逃げ切るなんて奇跡に決まっているが、そう願わずにいられない。そう言えば一瞬しか見えなかったが、あの正体がずっと気になっていた。どこかで見たような気がするし、気のせいかもしれない緑の小さな種族。本、いやもっと身近で、あれを見たような……。
「よお、“神のなり損ない”」
 ふと頭上から低い声がし、息を整えながら膝をついて立ち上がる。魑魅魍魎や影の姿は既になく、目の前には鋭い目つきをした自分と同じ種族の青年がいた。見た目は同じ赤の竜だが、身につけている衣は夜の闇のように黒く、髪飾りに使われている植物も、無数の棘がこちらを傷つけようとしているかのように前方を向いている。
「滑稽だな、崇拝者に逃げられるなんてよ。所詮はただの傀儡だった訳だ」
 誰だ、と相手に問う前に相手が話し始める。その高圧的な態度が気に入らない。思わず唸り声が口から漏れる。
「ハン、弱っちい奴がそんな声をあげたところで何も変わらねえ。あいつらは既にお前の素性を知って離反した。カリスマも無い上、おとなしく上の連中共の言う事を聞いてるだけじゃ、神でも何でもねえ、ただのなり損ないだ」
「誰がなり損ないだ」
「お前は何者でもないって事よ。今や上の連中も俺様のことを“楽園の守護神”として崇め奉っている。残念ながらお前は邪魔者になった訳だ、誰からも愛されない、いや最初からそうだったかーー」
「黙れ!」口より先に手が出た。相手の喉元を掴もうと手を伸ばすも、瞬時に相手に掴まれて叩き落される。
「そういうところさ。お前はただの竜だ、何も残されていない」
 自分は温厚だと自負しているが、こればかりは流石に腸が煮えくり返るくらいに怒りがこみ上げる。あの全てを見下している目が、何もかもが憎悪の塊としか見えない。
 しかし実力は勝負の前から歴然だった。噛み付こうとするとひらりとかわされ、殴ろうとすると腕を捻られる。動きも相手の方が早く、戦況を飲み込む前に傷が増えていく。
「そろそろ負けを認めろよ」
「嫌だ」組み伏せられ、頭の翼を掴まれてもこいつに頭を下げたくなかった。身につけてた白い布状のものには赤い斑点が点々とし、傷の痛みが感じられないくらい意識が朦朧とする。憎い、どれだけ時間がかかろうとも、こいつの息の根を止めてやる。
「残念だ、お前が望むなら“神の使い”として扱ってやっても良かったんだが」
「お前のしもべになるくらいなら、死んだ方がましだ」
「そうか」
 その瞬間、腹部に強い衝撃を感じた。そして次に感じるのは、重力から解放された浮遊感、下へ下へと落ちていく風の音。必死に上を見上げると、白い空間で奴が歯をむき出しにして笑っていた。ああ、腹立たしい、あいつに一矢報いることなく勝負がつくなんて、悔しい、あんまりだ、でも、絶対、絶対にいつか__!



「アギャア!?」背中に鈍器で殴りつけられたような痛みを感じ、自分が寝床にしていた木から落ちたことに気づいた。
 何だか、不愉快な夢を見ていた気がする。思い出したいけど思い出したくない内容だったのは辛うじて覚えているが、落下したのもあって寝覚めがすこぶる悪い。
 ひりひりする背中をさすりながら腕時計に目を落とすと、針は二時半を指している。当然辺りは闇に包まれ、草木も眠るなんとやら、と本で読んだ時間だ。
「って言っても、眠れないんだよなぁ……」
 軽く頭を振り、伸びをする。眠れる気にもなれないし、仮に眠れたとしても嫌な夢の続きを見そうな気がして、不本意ではあるが今から朝の日課……走り込みを始めることにした。

 朝日に照らされる景色を眺めるのが好きなのだが、真夜中に走って分かったのは、静寂が包まれた空間で、自分の足音と息遣いと波音だけが聞こえるのも悪くないという事だった。今走っている海岸を眺めていると、脳裏に相棒と出会った日が浮かんでくる。
 自分探しの旅をしていた一年前のある日、空腹と疲労で墜落したところに何かがクッションになって無傷でいられたのは幸運だった。だが不幸なことに、それはベニータというマスカーニャの乗り物だったのである。そこから離れると哀れにも乗り物のバイクは使い物にならないくらい大破しており、償いとして二代目バイクに立候補して今に至る……アララルという名前も、彼女の初代バイクから受け継いだものだ。
「アララル、か……!」
 名前。それだけでなんとなく、アイデンティティが出てくる。まだ自分がどんな存在か完全に掴めていなくても、ベニータといれば見えてくるものがある気がして、少し嬉しくなる。ベニータの相棒で、乗り物で、それ以外の存在もきっとあるはずだ。
 やっと夢の不快感を振り切って寝床にしていた木の根元まで戻ってきた時、ベニータの眠っている場所から不穏な気配を感じてはっとする。彼女のものと思わしき荒い呼吸の音。いてもたってもいられずに飛び出したのは言うまでもなかった。

- - - - - - - - - -
【補足】
 抽象的過ぎるので軽く補足。研究者から大穴の神になるよう洗脳じみた教育されていたアララルでしたが、大穴にもう一匹のコライドンが連れてこられた段階で二匹の差は歴然だったので、アララルはもう一匹のコライドンに叩きのめされて錯乱し大穴から脱走しました。
 「自分は何者なのか」……ショックで記憶が飛び飛びになりながらも、必死に自分のアイデンティティを探していた時にベニータと出会った訳ですね。

 ちなみにもう一匹のコライドンはモンセラートっていいます。擬人化はしないけど結末はいずれは何らかの形で語れればな。
←back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -