2:猫の夢 | ナノ
2:猫の夢

 洞窟の一部の小部屋状になっているくぼみを改装して作られた牢屋のような、巣のような小さな空間に、赤い竜の少年が座っていた。
 開かれた鉄格子の中に入ると少年ーー凡そ中学生くらいの見た目ーーがギロリとこちらを見る。目元があやふやで分からないが、鋭い視線を浴びたことは確かだ。ついでに言うと少年の見た目すら七割はおぼろげで、辛うじてシルエットと赤い姿、ゆったりした白いショールを羽織っている事が分かる程度でしかない。
 明らかにこちらを敵視していると気付いたのは他人の感情を把握し、考えて行動できるようになった時期からだがそんな事は関係ない。この不機嫌な竜に笑顔になってもらおうと、私はありったけの策で竜に挑みかかる。まずは尻尾にぎゅっと抱きつく。それから足をくすぐってみたり、手遊びの真似事をやってみたり、頭の翼を触ってみようと手を伸ばす。
 相手が少し警戒心を解いたところで今度は自分の事を話す。好きな食べ物は卵とジャガイモで、最近どこまでも広がる大草原でボール遊びをしたこと。それから、好きな歌を歌ったのだが……何を歌ったんだっけ。今好きな歌と聞かれるとラテンロックを真っ先に連想するが、それは育った施設の院長が元気のない私に初めて聞かせた音楽だ。それ以前の記憶なんて無いのだから、思い出し様がない。
 とにかく、そんな事をするうちにふと顔を上げれば少年はニヤリと口角を上げていた。やった!笑わせてやったぞ!嬉しさに思わず飛び上がると、少年もおもむろに立ち上がってゲラゲラ笑い始める。なんだか楽しい時間だった。
「一…に外……界…冒…しようね!」
 そして、彼と約束した。そう、約束だ。約束した事は覚えているのに、内容を覚えていない。思い出そうとしても何を指切りげんまんしたのか、心の奥底に引っかかったまま今まで生きてきているんだ。大切な事だったかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。いや、そうじゃないなら何故十数年経っても気になっている?そもそもこの竜自体が何者かすら分からない。どこかで見たような、そんな気がするが今まで会ってきたどの相手にも合致しない。施設時代の仲間?小学校の同級生?オレンジアカデミーのクラスメート?
 頭の中がぐちゃぐちゃしてきた瞬間、私と少年は周りを化け物達に取り囲まれていた。ポケモンではない、化け物だ。悲鳴を上げる私、私に向かって襲いかかる化け物達。少年は必死に化け物を払おうとするが誰も少年の事を見ていない。助けて、助けて__!!
 訳も分からないまま私は小部屋から出ると息も絶え絶えに走り出す。出る直後にプリンに肩を噛まれた傷が痛む。それでも立ち止まったら化け物達に殺される。あいつらの目が、牙が、何もかもが怖い。
 転んでもまた立ち上がり精一杯駆ける。転ぶ前から涙がぼろぼろと流れ、頬や髪にべったり張り付いている。誰も助けてくれる相手はいない。逃げなきゃ、ここから生きて、逃げるんだ……!私は洞窟を抜け出し、眩しいくらい日の差す外へ向かって最後の力を振り絞ってそして__。



 ああ、またこの夢だ。ガバッと起き上がって思わずぎゅっと自分自身を抱きしめる。もう何百回見たか忘れてしまった悪夢。小さい頃は大泣きしながら施設の職員や院長の枕元に潜り込んだものだが、昔より情緒も育ち、冷静に内容を俯瞰できるようになってからは自分一人でも収められるようになった。
 確かに私の右肩にはいつついたか分からない古傷がある。覚えてる限り昔の頃からずっとだ。夢の中でプリンに噛まれたと言うと大半が笑うので、車に撥ねられたと適当に誤魔化しているがどうもこればかりは夢じゃない気がする。現に私はプリンという種族に苦手意識を持っている。誰かを噛むような種族じゃないと周りから散々言われても、最早魂が、遺伝子が恐れているのだ。今は噛まなくても、昔々は凶暴な種族だったのではないだろうか?
 しかし、そうなると約束も……?そこまで考えたところで相棒が心配そうな表情でこちらを覗き込んできたため、思考はここで途切れた。
「大丈夫?うなされてたけど」
「気にしないで、いつもの事だから」
「でも心配だよ、どうして泣いてるの?」
 『泣いている』その一言で思わず両手で顔を覆った。こんな表情アララルに見せられない。弱った姿も本当は見せたくないのだが、寝食を共にしている以上多少諦めているところはある。慌てて目を拭うと自分でも驚くくらい涙が溢れて止まらなかった。片手で暫くアララルに離れてくれとジェスチャーし、彼が離れた事を確認しないうちに寝袋にくるまって私は声をあげずに泣いた。

 暫く外を歩かないか、とアララルが提案したのは朝日が昇り始めた頃だった。泣き疲れて二度寝することも叶わず、結局そのまま目が冴えてしまったのだ。本来ならば朝日どころか、人々が出勤した後くらいにようやく起き出すタイプなのだが今日ばかりは仕方ない。未だにあの夢には慣れないからだ。
「アララルは早起きだね」
 二人並んで砂浜近くの道を歩く。そう言えばアララルと出会ったのもこんな感じの場所だったなとふと思い出す。
「早起きは三文の徳って言うじゃないか!ま、それでも今日はだいぶ早く起きたけど」
「何時?」
「うーん、二時半くらい」
「二時半!?」思わず聞き返してしまう。確か我々が眠りについたのは昨日の十時半だ。「何でまたそんな時間に?」
「妙な夢を見て眠れなくなっちゃって」
「夢、ねえ……」
 どうやらアララルも同じ悩みがあるらしい。私のような複雑怪奇でなくても、夢と聞いてしまうとどうしてもいつものようにあしらう事もできない。
「変な夢だったけど、ベニータみたいな大ごとって感じじゃないから!」
「それなら良かったけど」
 アララルも私と同じ記憶喪失者だ。もっとも、彼はおぼろげで飛び飛びながら覚えていることもあるそうだが、不思議な存在である事実に変わりはない。きっと彼も彼なりに色々あるのだろう。だから無邪気に笑っている姿に少しだけ安堵する。私のバイクでもあるんだから、元気でいてもらわないと困る。
「見てベニータ!綺麗な朝日だ!」
 不意にアララルが興奮気味に海を指差し、思わず顔を横に向けると普段なら絶対拝めない太陽が海から這い上がるところだった。光が放射状に伸びる姿が海にも映って確かに綺麗だ。ひどい夢に起こされたが、今回は本当に少しだけ許しても良い気がしてくる。
 今日は一日中移動の予定で、特にどこかで大道芸を披露する予定もない。昼飯を食べたらシエスタの時間にしても良いかもしれない……そんな事も考えながら、私とアララルは並んで海岸を見つめていた。

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【補足】
 あの後ベニータは命からがら無事に大穴のタクシーにたどり着いて脱出できました。でもショックで名前以外の全てを忘れてしまったんですね、その後テーブルシティまで送ってもらった後は街中をふらふらと彷徨い、施設に保護される流れになります。
 ちなみに今回はとっ散らかった文章を意識してます!意図的です!夢の内容というのは大抵そんなもの。
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